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さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第74回
A Love Supreme
John Coltrane



ラヴ・シュープリーム(至上の愛)
ジョン・コルトレーン
撰者:松井三思呂



A Love Supreme
John Coltrane
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64年の晩夏、コルトレーンは新居の書斎に数日間閉じこもり、「組曲」を完成させる。この時の様子を『コルトレーン〜ジャズの殉教者』から引用すれば、新妻アリスから「何があったのか」問われたコルトレーンは次のように答えている。「録音したい音楽すべてができたのは初めてだ! 神の授かりものだよ、それも組曲としてね。必要な音楽すべてを初めて用意することができたんだ!」
『至上の愛』については、いろいろな場面で語り尽くされている感がある。今回のコラムは私のプライベートな体験を中心としたもので、非常に断片的なものである。ただし、たまたまかもしれないが、超名盤でもいまだに何かを発見できるところ。これがジャズという音楽の奥深さであると思う。



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めっきり寒くなり、冬の足音が聞こえてくる今日この頃です。ここ数年、11月は京都への紅葉ツアーを楽しみにしていたのですが、今年は仕事が忙しいうえに、休日も予定満載で、京都に出かけることができません。

公私ともに少しバタバタの状況ですが、私の前回のコラムで紹介したミシェル・ペトルチアーニのドキュメンタリー映画『情熱のピアニズム』は、神戸三宮のシネ・リーブルで封切りの日に観てきました。
ペトちゃんの息子(息子がいるとは知りませんでした!)や父親、ペトちゃんと暮らした女性たちのインタビューなど、興味深い内容でした。オススメです。ただ、演奏シーンが思ったより少なかったことが、ちょっと残念でしたが……。

さて、今回のアルバムはジャズ史に残る大名盤、コルトレーンの『至上の愛』!



放浪派の他のメンバーやコラムの読者の皆さんからは、「いまさら何や!」、「この期に及んで!」といったブーイングが聞こえてきそうだが、掟破りは承知で『A Love Supreme』なのである。

『A Love Supreme/John Coltrane』(Impulse A 77)
ジョン・コルトレーン(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
1964年12月9日、ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオで録音

私にとって、『至上の愛』はジャズのアルバムで初めて買ったレコード、いわゆる「はじレコ」だ。
このアルバムとの出会いは、私の放浪派コラム第一弾(第2回)でも触れているように、高1の時、大橋さんに連れて行ってもらったジャズ喫茶初体験の『さりげなく』であった。
そういう意味では、今回のコラムは原点回帰である。

それでは、何故ここで原点に戻ったのかというお話。
1ヶ月ぐらい前、私は久しぶりに「元町北通り」(吉田さん命名)の『BRAQUE』に寄った。このお店は一言で言えば「アナログレコード・バー」で、ジャズだけではなく和洋ロック、和製ポップスなどのアナログ盤を良質なオーディオで聴かせてくれるので、お気に入りの店のひとつだ。

その時はたまたまお客が私だけだったので、マスターは私の顔を見て、ブルーノートのハードバップをいくつかターンテーブルに載せてくれた。それを聴きながら、マスターと二人で「やっぱり、NYアドレスのオリジンは音が違うよね!」などと、ジャズ親父的会話で盛り上がっていたところ……。

突然、強烈なドラムソロが流れ始めた。すぐに、エルヴィンだと分かった。
エルヴィン・ジョーンズの凄まじいソロに引き続いて、コルトレーンが登場してテーマを奏でた瞬間、「黄金のカルテット」による演奏であることを確信した。ただ、年齢を重ねて、回転が悪くなった脳ミソのせいか、アルバムが何なのか分からない。

インパルス期の諸作が何枚か頭に浮かんだが、どれも違うような気がする。
おずおずとマスターに「これ何ですか?」
マスターは即座に「『至上の愛』ですよ!」
そして、ビックリした私の顔を見て、やさしく付け加えてくれた。「ただし、B面ですけどね!」
私の「はじ(初)レコ」が「はじ(恥)レコ」になった瞬間であった。

『至上の愛』がコルトレーンの最高傑作と評される理由のひとつは、この作品が神への讃歌をテーマにした4部構成の「組曲」で、アルバム全体がひとつの作品となっているトータル・アルバムであることだ。

4部構成は、
パート1:承認(Acknowledgement)……7:49
パート2:決意(Resolution)……… 7:25
(アナログ盤ではパート2までがA面)
パート3:追求(Pursuance)
パート4:賛美(Psalm)………… 17:59
(パート3と4は一連で演奏され、アナログ盤ではB面)

つまり、『至上の愛』は約33分間にも及ぶ一大「組曲」であるわけだが、ここでお恥ずかしいことを告白しなければならない。

このアルバムに出会ってから35年を超えるが、その間に聴いてきたのはA面ばかりで、B面を聴いたことはほとんどなかった。
この理由は、パート1のメンバーの肉声による「ア・ラヴ・シュプリーム♪」という祈りの歌声(チャントと言うより、私は仏教者の念仏に近いイメージですが!)があまりに印象的で、『至上の愛』イコールA面パート1の「ア・ラヴ・シュプリーム♪」という歌声と思い込んでいたためであった。

言い訳になるが、ジャズ喫茶が多くあった時代にも、B面がかかった経験はあまりなかったと思う。
また、CDで聴かれている方は気にならないのかもしれないが、アナログ盤を聴く場合、「組曲」ということを知っていても、演奏がなにより神聖で重厚なものであるので、聴き疲れしてしまい、なかなかA面を裏返してB面を聴く気にはならない。

その結果、お恥ずかしい話だが、35年以上にわたって、パート3と4はタンスの肥やし状態。
そのうえ、ジャズのアルバムのコレクションが増えるとともに、A面でさえ聴くことがほとんどなくなっていき、このところは我が家のターンテーブルに載ることは全くなかった。

こんななかで、『BRAQUE』で聴かせてもらったパート3の「追求(Pursuance)」にはブッ飛んだ。

アタマから約1分30秒に及ぶエルヴィンのソロ。エルヴィンのドラミングについては、多くの人が語っているようにレコードやCDなら、まずはこの「黄金のカルテット」による演奏を聴くべきであろう。

ただ、エルヴィンはライヴ体験をするともっと凄まじさが分かるらしく、『KOBEjazz.jp』に寄せられた田中啓文氏のコラムによれば、「目が点になり、口をあんぐりあけ、よだれをだらだら垂らした状態」になり、最後には「言葉もなくなり、ゲラゲラ笑いだしてしまう」ことになるらしい。
いくらかの誇張はあると思うが、晩年は日本に滞在するなど、ライヴに行く機会もあったのに、結局は生で聴くことができなかった。非常に残念だ。

エルヴィンのドラミングはドラムセットのパーツを最大限に機能させて、ポリリズムを叩きだすもので、人間技を超えた領域だと思う。

加えて彼のスゴイところは、他のメンバーの演奏をよく聴いて、メンバーとの会話を楽しんでいるところ。
超絶した技巧を持ったドラマーのなかには、ドラムソロは素晴らしいのだが、他のメンバーのプレイに触発され、それに応えるというインタープレイの醍醐味が感じられない人もいる。
エルヴィンにはそのような独りよがりは全く感じられない。超絶した技巧とともに、コルトレーンが彼を重用した理由のひとつではないだろうか。

エルヴィンのソロが終わり、コルトレーン御大のテーマ提示に続くマッコイのピアノソロがめちゃくちゃカッコイイ!
この疾走感は言葉で表現しづらく、まずはアルバムを聴いていただきたい。
アルバム全体を通しても、マッコイの演奏は素晴らしいとしか言いようがない。ブラック・ジャズやスピリチュアル・ジャズと呼ばれる分野のピアノ奏者に与えた影響ははかり知れないと思う。

マッコイの演奏が素晴らし過ぎるだけに、私は少しもの悲しさも覚える。
というのも、この時点でマッコイは、コルトレーンがモード奏法という枠組みのなかではやるべきことをやり尽くしてしまったことを感じ、コルトレーンが次のステップに進んでいくこと、そしてそのことがコルトレーンとの別離に繋がっていくことを意識していたのではないかと思う。

答えを知ったうえでの後だしジャンケンみたいな論説と叱られそうだが、マッコイのソロに続いて登場するコルトレーンの演奏を聴いてみて欲しい。「ここまでやっちゃうと、次のステップはフリー・インプロヴィゼーションしかないよね!」と思ってもらえるだろう。

実際、コルトレーンはこの『至上の愛』セッションの6ヶ月後、『神の国(アセンション)』を録音し、フリージャズの引力圏に突入する。
そして、65年末にはマッコイがグループを退団し、引き続いてエルヴィンも去っていき、61年の年末に不動のメンバーにより結成された「黄金のカルテット」は消え去ってしまう。

ところで、藤岡靖洋氏の著書『コルトレーン〜ジャズの殉教者』によれば、コルトレーンのなかでは64年初頭には「組曲」の構想がほぼ出来上がっていたらしい。

ただ、インパルス側の意向で、コルトレーンの本意ではなかったバラード系3部作(『バラード』、『デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン』、『ジョン・コルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン』)を録音したことから、コルトレーンは「組曲」の構想を実現できるインパルス以外のレコード会社を探していたようだ。

結果としては、どこのレコード会社とも契約に至らず、64年5月にインパルスから非常に好条件で契約更改の申し出があったため、コルトレーンは「組曲」をインパルスへ録音することを決意する。

64年の晩夏、コルトレーンは新居の書斎に数日間閉じこもり、「組曲」を完成させる。この時の様子を『コルトレーン〜ジャズの殉教者』から引用すれば、新妻アリスから「何があったのか」問われたコルトレーンは次のように答えている。
「録音したい音楽すべてができたのは初めてだ! 神の授かりものだよ、それも組曲としてね。必要な音楽すべてを初めて用意することができたんだ!」
『至上の愛』については、いろいろな場面で語り尽くされている感がある。今回のコラムは私のプライベートな体験を中心としたもので、非常に断片的なものである。
ただし、たまたまかもしれないが、超名盤でもいまだに何かを発見できるところ。これがジャズという音楽の奥深さであると思う。

今回は「はじ(初)レコ」が「はじ(恥)レコ」に化けたというお噺!
それではお後がよろしいようで……。



参考文献
書籍
コルトレーン〜ジャズの殉教者 藤岡靖洋(岩波新書1303)
ウェブページ
http://kobejazz.jp/bigband_mandan/vol27.html
http://kobejazz.jp/bigband_mandan/vol27_2.html



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