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さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第158回
Nefertiti
Miles Davis



ネフェルティティ
マイルス・デイヴィス
撰者:平田憲彦



Nefertiti
Miles Davis
【Amazon のCD情報】

1. Nefertiti(Wayne Shorter)
2. Fall(Wayne Shorter)
3. Hand Jive(Tony Williams)
4. Madness(Herbie Hancock)
5. Riot(Herbie Hancock)
6. Pinocchio(Wayne Shorter)

Miles Davis:trumpet
Wayne Shorter:tenor sax
Herbie Hancock:piano
Ron Carter:bass
Tony Williams:drums


録音:1967年
発売:1968年



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1967年に『Nefertiti(ネフェルティティ)』をレコーディングしたマイルス・デイヴィス。このアルバムが、スタジオ録音としては最後の純粋アコースティック作品である。
そして翌年の1968年に『マイルス・イン・ザ・スカイ』でエレクトリック楽器が導入される。そこが、1967年がマイルスにとってターニングポイントになった年、と一般的に言われているゆえんである。

全編アコースティックの『ネフェルティティ』と、次作のエレクトリックの『マイルス・イン・ザ・スカイ』は、メンバーが1曲を除いて同じ(ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス)なので、マイルスの意図したことは音を聴くだけで明らかである。

『ネフェルティティ』はアコースティック・ジャズとはいえ、4ビートやスウィング感といったジャズ本来の味わいが希薄で、思索的ともいえる音空間が支配した作品だ。いわゆる『現代音楽』に似た感覚である。
つまり、従来のジャズから『ネフェルティティ』はすでに離陸していたと考えていい。1967年、マイルスが表現したかった音は、新しい世界に拡張しようとしていたというのが素直なとらえ方である。

また、全曲がマイルス以外のメンバー作曲ということも意味深。そして、アルバムタイトル曲でもある1曲目の『ネフェルティティ』は、テーマのみでアドリブが一切無い。テーマといっても、メロディというよりはリフと表現した方がいいくらいの、かなり抽象的な音階だ。それを、メンバーがひたすら延々と繰り返す。その背後でトニーのドラムが激しくうねっていく。ある意味、過激な曲と言える。



さて、1967年とはどういう年だったのだろうか。

まず、ジョン・コルトレーンが亡くなった。そして、ジミ・ヘンドリックス、スライ&ザ・ファミリー・ストーンがデビューした。ビートルズが『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』をリリースした。モンタレー・ポップフェスティバルが開催され、ジミヘンやジャニス・ジョプリンが出演。
もう、たったそれだけの事を書けば充分だろう。マイルスはインタビューでも語っているとおり、1960年代後半からロックやソウルのパッションを大きく吸収している。1967年がマイルスに与えた影響は、その後の作品を聴くことでより深く理解できる。

マイルス・デイヴィスは、ミュージシャンとしては極めて客観的資質をもった天才である。自分で作曲し、自分で音を出せばそれで満足、というミュージシャンではなく、他人の曲を演奏したり、場合によっては自分が演奏しなくてもサウンド空間を自分でコントロール出来てきれば、自分の音楽作品と同義だと考えていた。ミュージカルディレクターとしての資質がとても強いミュージシャンである。
それは『カインド・オブ・ブルー』あたりから顕著になっていて、エレクトリックになってからはとりわけそうである。『ビッチズ・ブリュー』など、マイルスが吹いていない時間の方が長いのではないだろうか。

僕は1988年、一度だけマイルスの来日ライブを見ている。東京のよみうりランドでやった『ライブ・アンダー・ザ・スカイ』、マイルスはトリであった。しかし、ほとんどトランペットを吹かなかった。まさに、ミュージカルディレクターという雰囲気であった。初マイルスに感動したが、なんだか狐につままれたようなライブだったことを思い出す。



僕がジャズに夢中になるきっかけは、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』である。大学1年の時だ。今も、そしてこれからも、僕は自分の棺桶に入れてもらうアルバムとしてジャズを選ぶのなら、『カインド・オブ・ブルー』である。それくらいこのアルバムが好きだし、マイルスは僕にとって最重要ミュージシャンである。

しかし、だからといってエレクトリック・マイルスを聴かないかというと、そうではないのだ。
この辺りの話は書き始めるときりがないので稿を改めようと思うが、エレクトリック・マイルスもかなり好きである。
どれという風に挙げるのは、実は難しい。それは、時々によって繰り返して聴くアルバムが変わるからである。

『ツツ』も素晴らしいし、『ウィ・ウォント・マイルス』は恐ろしくファンキーで大好きである。発掘リリースされた『ビッチズ・ブリュー・ライブ』はどう聞いてもロックアルバムだが、これもスゴイ。

アコースティックであってもエレクトリックであっても、マイルスは常に一貫していたと僕は思う。
ビバップからはじまってハードバップ、モードジャズ、ロックとファンク、そして最後はヒップホップ。ブラックミュージックの進化に寄り添いながらも牽引し、若い頃から晩年まで、楽曲のモチーフはポピュラーソングを多く採用してきたことでもわかる主題のわかりやすさ。そして常に離れることのなかったブルース。

マイルスは、ジャズとして聴くというよりは、トランペットを主役としたブラックミュージックとして聴くのが最も自然な聴き方なのかもしれないと、最近思う次第である。


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