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大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第150回
Spotlight On Lucille
B.B. King



スポットライト・オン・ルシール
B.B. キング
撰者:平田憲彦



Spotlight On Lucille
B.B. King
【Amazon のCD情報】

このアルバムは、インストアルバムとして新録音された作品ではなく、1950年代初期から60年代にかけてモダン・ケントレーベルに吹き込まれた各種インスト曲からのコンピレーションである。しかし、そんな『寄せ集め』的編集を感じさせない統一感。しっかりと図太い背骨が通ったブルースサウンド。あまりにも見事なBB節を満喫出来るアルバム。
泥臭いジャズブルースといえばホンカーになるが、このアルバムから聞こえてくるサウンドは、ホンカーというにはあまりにも洗練されている。しかし、一般的なジャズの洗練と比べると、やはりブルースの土着性を強く感じる粘りがある。そしてなにより、BBのギターとバンドアンサンブルから感じるゴスペル・フィーリング。まさに、歌っているかのような素晴らしいブルースギターを堪能できる傑作。
BBのギター『ルシール』は、もうひとりのBBキングとして歌っているのである。

1. Slidin' and Glidin'
2. Blues With B.B.
3. King of Guitar
4. Jump With B.B.
5. h Street Blues
6. Feedin' the Rock
7. Just Like a Woman
8. Step It Up
9. Calypso Jazz
10. Easy Listening Blues
11. Shoutin' the Blues
12. Powerhouse



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巨星墜つ。
この表現が当てはまるミュージシャンとして、近年ではこの人ほどふさわしい人もいないだろう。

BBキング(B.B. King)。
米国文化の根幹のひとつである『アメリカンミュージック』。その本質をなす〈ブルース〉を代表するミュージシャン、シンガーとして活躍してきたBBキングは、 2015年5月14日に89年の生涯を閉じた。

第二次世界大戦終結間もない1949年から、21世紀に入った2015年まで。戦後のブラックミュージックをカバーすると言っていいほど、文字通りブルースの王者のような活躍だった。

公式サイトには34枚のディスコグラフィーが掲載されているが、Wikipediaを見ると、43枚のスタジオアルバム、16枚のライブアルバム、そしてシングルは138枚をリリースするという、レコードリリースでもキングな実績を残したことがわかる。
コンピレーションを入れると、数え切れないほどのアルバムがリリースされているだろう。

僕はグラミー賞を音楽の内容と結びつける考えはないが、しかし15回も受賞しているというその支持の強さは、やはり無視できない音楽的実績というほかない。

この連載はジャズがテーマなので、BBを取り上げることに違和感がある読者もいるかもしれない。しかし、ジャズの重要な原点のひとつとしてブルースがあり、ブルースフィーリングという音楽的要素は、ジャズの歴史を貫通して今も深く息づいているということを考えれば、違和感よりもむしろふさわしい人選として理解してもらえたらうれしい。

ただ、ジャズアルバム撰集の中にBBの作品を1枚加えることに、僕も無邪気でいるわけではない。そこで、BBが残した膨大なアルバムの中から、あえてジャズファンに聴いてもらいたいと思う1枚を選んだ。
それが、この『Spotlight On Lucille』という、BBのインストアルバムである。



まず、BBキングの略歴を簡単に紹介しておきたい。

本名はライリー・キング(Riley B. King)。1925年に米国ミシシッピ州に生まれ、18歳まで農作業の小作人として働いていた。その時代に、ブラインド・レモン・ジェファーソンやロニー・ジョンソンのブルース、教会ではゴスペルに親しんでいたという。
テネシー州メンフィスに移住してからラジオ局WDIAでDJをするようになり、やがてニックネームである『Blues Boy』からBBキングと名乗る。
1949年にレコードデビュー。以降、生涯にわたってブルースを歌い、演奏した。何度か来日も果たしている。僕は幸運にも一度だけライブを見ている。

BBキングが生まれた1925年とは、どういう年だったのだろうか。
ブルース界でいえば、1923年にアルバート・キングが生まれている。ゲイトマウス・ブラウンは1924年生まれであるから、彼らは同世代といえる。

では、ジャズ界ではどうだろう。
マイルス・デイヴィスもジョン・コルトレーンも、共に1926年生まれ。

BBキングはマイルスやコルトレーンと1年しか違わない。同世代なのだ。
そして、20歳になるのが1945年。第二次世界大戦終結の年である。



4歳で両親が離婚し、少年時代を小作人としてミシシッピ州の農業で生きてきたBB。片や、イリノイ州の医者の息子であるマイルス、ノースキャロライナ州の仕立て屋の息子であるコルトレーン。
BBだけではなく、マディ・ウォーターズやロバート・ジョンソンなど、戦前生まれの多くのブルースマンが南部の農業に従事する少年時代を過ごしたことと、マイルスやコルトレーンのように農業とは無縁の都市生活で少年時代を過ごしたことは、人生に与える影響が異なってくることは、想像しただけでも分かるような気がする。実際、マイルスとBBのインタビューを読み比べてみても、少年時代の文化的背景、経済的環境の違いが後の音楽に影響を与えていることが深く理解出来る。

農作業の小作人とひとことで言っても、20世紀前半である。現代の高度に機械化された農作業でもそれは大変な労力とストレスを伴う仕事であるのに、ましてや効率的な機械もない時代、手作業で農業に従事する仕事がどれほど大変なものか、当事者である彼らブルースマンたちの言葉を読むと多少でも理解は出来る。
BBはこう語っている。

ーーー
1943年に兵役につき、ミシシッピ州ハティスバーグ近くのキャンプ・シェルビーに送られるまで、ずっと農場で働いていた。土地を耕し、トラクターやトラックを運転し、綿を刈る。農場で誰もがやるようなことを、私もやっていた。
ーーー

余談だが、僕の母の実家は代々農家である。そこにはいまでも伯父や伯母、従兄弟が生活し、農業に従事している。数年前にも墓参を兼ねて訪問した。
農業の何が大変かと言えば、それは自然との共生と戦いである、という。
照りつける太陽、降りしきる雨、凍える冬、畑を荒らす虫や動物、そして大地の手入れ。肉体を酷使し、体力を奪う播種と収穫の実務。いずれも、都市で生活している僕たちには想像を絶する過酷な労働なのだ。それは、高度な機械を使う21世紀の現代でも変わらない。

20世紀前半という時代。少年であったマディやBBたちがどれほど過酷な労働で生活し、そこから逃れようとしていたのか。そして、稼ぎになる音楽を演奏することに、どういう意義を見いだしていたのか。
その答えは、彼らの音楽を聴くことで浮かび上がってくる。

BBやマディのインタビューを読めば、1週間で手にする賃金を、演奏すると一晩で稼ぐことが出来た、というような逸話を次々と見つけることが出来る。それくらいに音楽の仕事は割が良かった、というのではなく、その逆である。当時の農作業労働は、過酷に加えて低賃金という厳しい環境だったのだ。
彼らブルースマンは、手にした賃金、ギャラの数字を年老いてからでも端数まできっちりと覚えている。

音楽表現を高めることを目指して演奏していたマイルスやコルトレーンと違って、BBも、マディも、ともかく稼ぐために演奏し、歌ったのである。客を楽しませてナンボ、踊らせて一人前、そういう世界で音楽をやってきた。
音楽に経済環境が投影され、それは歌詞やグルーヴにも影響を与えただろう。

稼ぐためには聴いてくれる客をひとりでも多く集めなければならない。演奏する店から、また声を掛けてもらわなければならない。音楽的実力だけではなく、集客力や演出力も必要になる。そして、観客が楽しめて、共感してもらう歌詞も必要になってくる。

今もジャズに生き続けているブルースは、強いて言えば米国黒人音楽のスピリットとしての、コンセプト的な理念といえる。しかし、ブラインドレモン、ロバジョン、マディ、BBという流れでミシシッピやテキサスの農場から生まれてきたブルースは、コンセプト云々以前に生きる意味そのものであり、血であり肉体だった。
ブルースがボーカルミュージックといわれるのは、音楽的な印象や形式ではなく、むしろ歌が、歌詞こそがブルースだったからだ。それは、ブルースを聴きに来る観客にも言えることであった。



BBキングがミシシッピ源流のブルースにおいて独自の存在となっていった背景には、メンフィスのラジオ局WDIAのDJで養ったエンターテインメント性に加えて、幼少時から親しんだ教会でのゴスペルに寄るところが極めて大きい。

数ある楽器からギターを選んだのは、子供の頃に通っていた教会の牧師がギターを弾いていたことと、購入するハードルが低かったからだと語っている。ピアノやサックスにも興味はあったが、とても購入出来る価格ではなかった。しかし、ギターは数回のローンで購入出来たという。
初めて購入したギターは、ラウンドホールの赤いステラ、15ドルだった。

やがてBBは、幼い頃に好きだったロニー・ジョンソン、ブラインド・レモン・ジェファーソンの影響を土台に、Tボーン・ウォーカー、チャーリー・クリスチャン、ジャンゴ・ラインハルト、エルモア・ジェームズの影響を強く受け、彼らのようなギターを弾けるよう練習を重ねることになる。

ゴスペルのコーラスグループに所属することからスタートしたBBの音楽人生。そこで学び吸収した歌唱こそ、ブルースの歴史でもBBキングを特別な存在にした根幹である。
BBのブルース歌唱は、まさしくゴスペルのそれと同様に聴衆を圧倒させ、引きずり込み、コール・アンド・レスポンスでその場を一体化させる。

歌われている歌詞は、ミシシッピブルースによくある反逆心や悲しみ、恐怖心を土台とした生命力というよりは、むしろ愛を求め、人生を肯定する生命力であり、活力あふれる内容が特徴的だ。それはゴスペルで歌われるイエスへの希求との同時性も備えたスピリチュアルな音楽として響き渡る。

そんなBBのギターは、まさに歌唱の延長としてある。
BBは、観客とのコール・アンド・レスポンスで、ブルースを通じて愛を肯定する生命力を歌う。その歌とギターで、BBは自らコール・アンド・レスポンスを行っているのだ。
歌い、そしてそれを受けるように弾く。そのギターを受けるように、また歌へ。

BBにとってのギターは、声そのものであり、歌そのものである。アドリブやテクニックも駆使しているが、それよりも歌との同時性というスピリチュアルな発露として、BBのギターはある。

BBはこう語っている。

ーーー
弾くことによってギターを通して歌っていると感じる。ソロを弾いている時も、自分がギターを通して歌っているのを感じる。
たとえ異なるジャンルの人たちでも、ジャズ畑の人でも、ブルース畑の人でも、彼らのフレージングを聴けば、ひとつひとつの音が何かを言っているように聴こえる。一小節に音が64個も入っている必要はないんだ。たったひとつの音がすべてを語るような時もある。
ーーー



今回取り上げたBBキングのインストアルバム『Spotlight On Lucille』には、BBの根幹である歌がない。
BBのギターが流れ、彼のバンドのアンサンブルが奏でられる。それはいわゆるスウィングジャズに似ていて、とても気持ちいいサウンドである。

しかし、ジャズを聴いている耳でこのアルバムを聴けば、なにか物足りなさを感じるかもしれない。曲が違ってもアドリブラインはほとんど同じだし、楽曲自体の構成に練り込まれた形跡も感じない。また、BBのギターのみが突出していて他のメンバーの演奏は、ほぼバッキングのみ。アレ? と思う点は少なくないだろう。

しかし、これがブルースなのだ。
ジャズのブルースと、ブルースのブルース(という言い方もヘンだが)、その違いが如実に表れていると言ってもいいだろう。

ジャズナンバーでブルースの名演として知られる数曲と比べれば、その違いは明らかだ。
例えば、マイルスの『Walkin'』、ブレイキーの『Moanin'』、ソニー・クラークの『Cool Struttin'』。いずれも典型的なブルースナンバーで、ジャズの中でも泥臭く、黒い演奏である。
しかし、BBのこのアルバムに収録されているすべてのナンバーは、上記3曲に比べてあまりにも単調でアッサリ薄味である。

つまり、このBBのアルバムを聴き、ジャズの傑作ブルースを聴くことで、ブルースとは何か、ジャズとは何か、その共通項と違いを感じる事が出来るのだ。

もちろんその感じ方は人によって異なるだろうが、例えばこう説明出来る。
ジャズはチームアンサンブルだとも言えるし、イマジネーション豊かなアドリブの妙だとも言える。また、メンバー間で偶発的かつ瞬間的に生み出されるアドリブのインタープレイ、インプロビゼーションとも言えるし、さらに、抽象的な音空間だとも表現できるだろう。

BBのこのアルバムから、そういったことを感じるのは、極めて困難である。
だが、それこそが、ブルースとは何かを言い当てている。

つまり、ブルースは個人の表現であり、同じ得意フレーズを繰り返すワンパターンなアドリブであり、メンバーはバッキングに徹することが役割で、インプロビゼーションと呼べるような創造的アドリブではなく、サウンドは極めてシンプルである、と。

ジャズファンが聴く(BBのような)ブルースは単純で退屈な音楽に聞こえて、ブルースファンが聴くジャズのブルースは理屈っぽい小難しい音楽に聞こえる、という断絶のようなものは、上記のような違いから生じていると思われる。

しかし、僕はこう思う。ジャズも、元来はBBのようなシンプルなブルースだったのだと。

現在のジャズの発祥である1920年代のニューオリンズジャズ、ディキシーランドジャズでは、奏者はみな自分の得意なフレーズを連発し、曲が違っても同じようなグルーヴで似たようなサウンドを演奏していたのである。
それが、エリントン、ベイシーあたりから徐々に変幻自在なアドリブへと進化した。聴衆を踊らせることを目的化し、ポピュラーミュージックを取り込んで演奏する手法を使って、大衆化を獲得。多彩なメロディをアドリブ交えて演奏するようになった。
(このあたりから、ジャズはブルースから離れ始めたと僕は考える)
とどめがチャーリー・パーカーの登場。そこでアドリブが主役になっていき、ビバップの登場でいまのジャズの基盤が確立した。音楽の抽象性を手に入れたと言って良いと思う。いわゆる、芸能性に加えて、芸術性を身につけたというわけである。
1920年代、ホットファイヴの頃のルイ・アームストロングの音源と、2016年のロバート・グラスパーの音源を続けて聴いたら、ジャズの驚くべき音楽的進化を実感する。

ところがBBのやっているブルースは、音楽的には100年前から進化していないのである。1920年代のブラインドレモンの頃のブルースは、21世紀の今でも同じである。自分の歌、声、アドリブのクセをそのまま延々と維持して演奏しているスタイル、それはずっと変わらない。
むしろ、進化はしていないが、深化している、といえる。
変わっていない根本は、1920年代のミシシッピで生まれたブルースは、当時も今も、極めて個人的な音楽であるという点だ。聴衆を踊らせることも要素のひとつだが、何よりも重要なのは、自分らしくあることなのである。だから、得意なフレーズをアドリブで延々と繰り返し、歌詞が変わっても楽曲の構成はほとんど同じ、というケースが多い。

いまでも元気なバディ・ガイは、1950年代から2010年代の今まで、やってることはほとんど同じである。ギターソロのフレーズも、60年間ずっと同じと言っても良いと思う。しかし、それがブルースなのだ。
変わらない良さ。変われない宿命。変わる必要など無い開き直り。

人生で抱えている喜びや悲しみを、時代と共に変化することで表現するジャズと、100年間も同じように表現するブルース、と言い換えることも出来る。

BBキングのインストアルバム『Spotlight On Lucille』を聴けば、ジャズが遠い昔に置き忘れてきたブルースを感じ取ってもらえると、僕は思うのだ。



いわゆる『ジャズギターのブルース』とは違うブルースギターをこのアルバムで聴いていただきたい。
そして、このBBのギターの向こうに、ジャズ、ゴスペル、ブルースを包み込む、ブラックミュージックの原風景としてのサウンドを感じていただければ、とてもうれしい。




参考文献
十字路の彼方へ~ブルースギタリスト列伝
Jas Obrechc (著), 川原 真理子 (翻訳), 藤井 美保 (翻訳)
リットーミュージック刊


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