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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第130回

ボーイ・ネームド・チャーリー・ブラウン
ヴィンス・ガラルディ
撰者:平田憲彦


【Amazon のCD情報】


なぜ僕がこのアルバムと出会うことになったか。それはいつものジャズ横滑り現象が発端なのだ。

僕の友人には気の良い連中が多い。であるがために、親切心が高じて厄介な面倒事を引き受けてしまうことになるのだ、たいていは。
そんな友人のひとりがあれこれと思い悩み沈んでいるのを見た僕は、そいつのために一枚のアルバムをプレゼントした。果たしてジャズなんか聴くだろうか、と思いながら、落ち込んだ人にとって鎮静剤のように効くと言われているキース・ジャレットの『The Melody At Night, With You』を選んだ。
しかし、僕のセレクトはかすりもしなかったようで、そいつの心は浮上しないままだった。

そんなことを別の友人に話したところ、キース・ジャレットなら一枚持っている、と言う。それは確か『Facing You』だと。
それなら僕も持っている。話が弾み、いつしか思い悩む友人の事をすっかり忘れてしまった。

キース談義の中で、『そういえば、この中にスヌーピーの曲に似たのがあった』と教えてくれた。
僕は全く記憶になかったし、なにより『Facing You』自体長い間聴いていなかった。

「なんの曲?」
「思い出せない、ちょっと聴いてみるね」

すぐにメールがあり、まずスヌーピーの曲が送られてきた。YouTubeのアドレスで。

「これかー。こんな曲入ってた?」
「と思うよ、たぶん」

“こんな曲”とは、『Linus and Lucy』である。
正直に告白すると、『Linus and Lucy』を僕は初めて聴いたような気がした。いや、そんなはずはない、子供の頃から繰り返し聴いてきたはずなのに、懐かしさはこみ上げてこない。むしろ新鮮な気分だ。

「それで、この曲みたいなのがキースのアルバムにあった?」
「あった。けど違った(笑)」

それは『Facing You』の1曲目、『In Front』だった。
そう、確かに似ている、というか、似てないんだけど、似てるような気がする。曲の躍動感、雰囲気は同じ世界だ。
キース・ジャレットがスヌーピーと繋がるなんて世界でも僕らだけかもしれないね、なんてことを話し、笑ってしまったのだ。

『Linus and Lucy』は抜群にカッコイイ曲で、僕は一発で気に入ってしまった。

翌週、僕は『A Boy Named Charlie Brown』というアルバムを手にしていた。ヴィンス・ガラルディ(Vince Guaraldi)のピアノトリオが全曲演奏している。これがあのスヌーピーのオリジナルサウンドトラックアルバムだったことも、アマゾンで購入するまで知らなかったのだ。



スヌーピー好きの子供たちはジャズを聴いて育ったということになる。それも、スウィンギーで、メロディアスな、そしてほんのちょっぴりブルージーで、ご機嫌なジャズを。

そういえば、ミッキー・マウスも初期のBGMはディキシーランドジャズだったわけで、米国の子供たちは幼い頃からジャズに親しんできたのかもしれないし、ジャズが本来持つ娯楽性が子供たちに最適だと思われたのかもしれない。

さて、このヴィンス・ガラルディというピアニスト。僕はまったく知らなかった。1928年に生まれ、1976年に47歳で亡くなっている米国人である。ヴィンスもガラルディも聞き慣れない名だが、ヴィンスは『ヴィンセント』の略で、ガラルディは離婚した母親の二番目の夫の姓ということだ。つまり二番目のお父さん、トニー・ガラルディはミュージシャンだった。

そんな彼のことは、公式サイトやウィペディアに詳しい。
公式サイト:www.vinceguaraldi.com
ウィキペディア:http://en.wikipedia.org/wiki/Vince_Guaraldi

1953年に初レコーディングしてからキャリアを重ね、1958年にはモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演。そのモントルーとは、ビリー・ホリディ、サッチモ、ガレスピー、ロリンズなど、ジャズの巨人達が顔を揃えた伝説のモントルーである。

1962年にアルバム『Jazz Impressions of Black Orpheus』をリリース。ブラジル音楽の影響が濃く出たこのアルバムに収録されていたガラルディのオリジナル楽曲『Cast Your Fate to the Wind』はヒットチャートにランクインし、1963年のグラミー賞(Best Original Jazz Composition)を受賞。一躍有名人になるガラルディであった。
ちなみにこのBest Original Jazz Compositionは1961年から1967年まで設けられていた賞で、1961年にはマイルスの『Sketches of Spain』が受賞している。



そもそもヴィンス・ガラルディがスヌーピーの楽曲を担当するようになったきっかけは、前述のガラルディによるピアノトリオ演奏『Cast Your Fate to the Wind』だった。

スヌーピーのプロデューサー、リー・メンデルソンがゴールデンゲートブリッジをタクシーで移動中に偶然ラジオで『Cast Your Fate to the Wind』を聴き、感銘を受けたという。メンデルソンはサンフランシスコ・クロニクル誌でジャズコラムを書いていたラルフ・グリーソンに連絡を取り、ガラルディに引き合わせてもらった。
そうして、スヌーピーのクリスマス特番のためにガラルディが演奏した曲が、後に『Linus and Lucy』となるアップテンポなナンバーだった。



では、このアニメサントラにして、ピアノトリオ・ジャズの傑作アルバム紹介を。
まず、パーソネル。

Vince Guaraldi - Piano
Monty Budwig - Bass
Colin Bailey - Drums

収録曲は次の通り。

1. Oh, Good Grief
2. Pebble Beach
3. Happiness Is
4. Schroeder
5. Charlie Brown Theme
6. Linus And Lucy
7. Blue Charlie Brown
8. Baseball Theme
9. Freda (With The Naturally Curly Hair)
10. Fly Me To The Moon

10曲目の『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』は、あの超有名曲。CDで再発時のボーナストラックである。ものすごく良い演奏だが、やはりこのアルバムは9曲目で終わるべきだと思うのは、僕だけじゃないだろう。明らかに『スヌーピー世界』から浮いている。それは当然かもしれない。9曲目まで全て、ガラルディのオリジナル楽曲なのだから。


1. Oh, Good Grief
チャーリー・ブラウンの名台詞『やれやれ』がそのままタイトルになった。優雅でありながら、とぼけた雰囲気もあるミディアムテンポナンバー。困った顔をしているチャーリー・ブラウンが思う浮かぶくらい、人物描写がそのまま音楽になっていて素晴らしい。

2. Pebble Beach
洗練されたラテン風味の可愛い曲。どんなシーンにでも合うナンバーだと思う。それこそ、買い物シーン、食事シーン、洗濯シーンなど、日常のあらゆるシーンで。

3. Happiness Is
しっとりスローで聴かせるナンバー。スローだが湿っぽくない。強いて言えば、緩い。やはり、西海岸の空気なのだろうか。

4. Schroeder
トイピアノが友達という登場人物、シュローダーのテーマソングだろうか。心なしかブラームスの子守歌風な感じ。これもユルユル。

5. Charlie Brown Theme
チャーリー・ブラウンのテーマ、とのこと。気持ちの良いジャズ。軽やかで明るい4ビート。西海岸の陽光と心地よい風、青い空。そんなスウィング感抜群のナンバー。

6. Linus And Lucy
これぞ、スヌーピー。登場人物のライナスとルーシーの掛け合い、という風にも聞こえる。アップテンポでブレイクもあり、とてもキャッチーなナンバー。ノリが良く親しみやすいメロディで、誰でも好きになるんじゃないかな。サウンドアレンジも気が利いていて飽きない魅力も。

7. Blue Charlie Brown
チャーリー・ブラウン・ブルース、とでも呼べる渋いナンバー。この曲が、このアルバム中で最も王道ジャズの演奏だろう。ただ、ブルースといっても重くディープじゃない。どこまでも軽快な西海岸のブルース。アート・ペッパーな感じ。

8. Baseball Theme
3拍子で軽快なスウィング。これも典型的なモダンジャズだが、この曲がアニメで使われているなんて、考えただけで嬉しくなる。転がるようなガラルディのピアノに、思わず笑みがこぼれる。

9. Freda (With The Naturally Curly Hair)
どことなくカウント・ベイシーを思わせる。これもブルースなんだけど、重くない。あくまで軽快。弾きすぎてないピアノが気持ちいい。何度でも繰り返し聴きたくなる親しみやすさがガラルディの魅力だろう。



以上、さらっと全曲紹介してみたが、一貫して明るく軽快、そして緩い。それはガラルディの特徴でもあるのだろうし、彼自身がブラジル音楽の影響を受けたことも理由だと思う。

モントルーに出演したとか、グラミー賞をもらったとか、そういった名誉に相当する部分はミュージシャンとしては光栄なことだろうが、なにより、子供たちに長年親しまれ、今もスタンダードになっている楽曲を生み出し、演奏したこと。そこに、ガラルディの真の偉大さがあるように思う。

『ジャズ』という言葉を聞いて、オシャレとか、難しそうとか、渋いとか、そういう事をすぐ連想されてしまう風潮がいまだにあるが、それはジャズの持つほんの部分的要素に過ぎない。ジャズは、楽しくて、笑えて、くつろげて、そして踊れる。僕たちを緊張感から解き放ち、大好きな人達と過ごす時の最高のバックグラウンド・ミュージックになる大衆音楽でもあることを、このアルバムは雄弁に語ってくれる。

こういう音楽を聴きながら、少しシニカルで、愛らしい登場人物達が出てくるアニメーションを見て育つ、米国の子供たち。それもまた、米国文化のひとつなんだろう。


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