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jazz night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第122回
Debussiana
Horacio Icasto



ドビュッシアーナ
オラシオ・イカスト
撰者:平田憲彦



Debussiana
Horacio Icasto
【Amazon のMP3情報】

1. Estampes: No. 3. Jardins sous la pluie (Gardens in the Rain)
2. Piano Concerto in G Major
3. Piano Sonata No. 7 in B-Flat Major,
Op. 83
4. 3 Preludes: No. 2 in C-Sharp Minor:
Andante con moto e poco rubat
5. Pavane pour une infante defunte
6. Maria de Buenos Aires
7. Debussiana

Horacio Icasto, piano
Victor Merlo, bass
Noah Shaye, drums

Recorded on 27th, 28th July 2001
at Auditorio de Las Rozas, Madrid
Produced by Antonio Armet and
Horacio Icasto
Steinway Piano tunes by
Gonzalo Alonso-Bernaola

Original Released in 2003
Digitally Released in 2013
Discos Ensayo

*
Special thanks to Mr Antonio Armet
regarding the booklet and
some e-mails for this article.
from Nori Hirata



さんふらわあ ジャズナイト
フェリーで揺れる、ジャズの夜。
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ジャズ カフェ&バー Volontaire
東京赤坂でジャズなら
カフェ&バー、ボロンテール

Jazz & Booze さりげなく
ジャズを呼吸する街で夜を堪能。
神戸を代表するジャズバー、さりげなく

ジャズ喫茶 jam jam
ゆったりした地下空間でジャズを満喫。
神戸元町のジャズ喫茶、jam jam

レコードバー ブラック
極上のサウンドをアナログレコードで。
神戸元町のレコードバー、BRAQUE。

ジャズバー Doodlin
ソウルでファンキーな夜を。
神戸元町のジャズバー、Doodlin'

バーインク
ALTECが生み出す極上のサウンド。
新神戸駅近くの隠れ家バー。


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クラシックの楽曲をジャズに取り入れたアルバムは、ありそうで少ない。
マイルス・デイヴィスの『アランフエス協奏曲』は有名だ。あるいは、ジャック・ルーシェ(Jacques Loussier)が吹き込んだバッハのアルバムも、クラシックのジャズ化という話題ではよく名前が出てくる。また、オイゲン・キケロ(Eugen Cicero)も。

ところが、ジャック・ルーシェの代表作と言われている『プレイ・バッハ』などを聴くと、オリジナルの楽曲の目立った部分を無理矢理テーマにして、強引にアドリブをくっつけてジャズ的にしている、という風に僕には感じてしまう。
マイルスの『アランフエス協奏曲』は素晴らしい演奏だと思うが、ジャズというよりは、マイルスが演奏したクラシック作品、という風に僕には聞こえるので、あまりジャズという気がしない。

むしろ、キース・ジャレットやビル・エヴァンス、あるいは北欧のジャズの方がクラシック的に感じるのは不思議だ。彼らはオーソドックスなジャズのフォーマットで演奏しているのに。



ポップスの楽曲は、AメロやBメロなどのように、まとまったメロディをひとつのユニットとして構成していることが多いので、ユニットを取り出してジャズにしても、原曲の世界観が壊れるなどの違和感は少ない。
分かり易い例が、映画『白雪姫』の挿入歌をジャズにしたマイルスの『Someday My Prince Will Come』や、映画『サウンド・オブ・ミュージック』の挿入歌である『My Favorite Things』をジャズで演奏したジョン・コルトレーンだろう。原曲の世界観を維持しつつ、ジャズとして生まれ変わった音楽を見事に提示している。

ところがクラシックの楽曲は、1曲全部で大きな流れとして作曲されていることがほとんどだ。聞き慣れた冒頭部分だけを切り取ってジャズ的にしても、何か無理があるように感じてしまう。

そうは言っても、クラシックもジャズも好きな僕は、『亡き王女のためのパヴァーヌ』が、原曲の良さを維持したまま、美しいジャズとして生まれ変わったサウンドも聴いてみたいというのも、正直な気持ちである。

曲の部分切り貼りではなく、クラシックの原曲が持つ『楽曲の本質的魅力』をジャズの方法論で音楽に昇華させたアルバムはないのだろうかと、長らく探していたが、ようやく出会うことが出来た。

それが、今回紹介するオラシオ・イカストによる『ドッビュッシアーナ』である。



オラシオ・イカスト(Horacio Icasto)はアルゼンチンのブエノスアイレスに生まれたスペイン人のピアニストで、学校で教師をやりつつライブ活動してきた人。残念ながら2013年に亡くなってる。1940年生まれだから、ジョン・レノンと同じ歳。享年73歳。

このアルバムはトリオ編成で、全7曲の内、5曲がクラシックの有名曲をジャズのフォーマットで演奏している。(残る1曲はオリジナル、もう1曲はタンゴ!)

僕はそもそもモーリス・ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』が大好きで、そのいろんなバージョンを探しているうちに巡り会ったアルバム。とても素晴らしい演奏で、クラシックファンの中でも評価が高いようだ。

アルバムタイトルの『ドッビュッシアーナ』は、ドッビュッシーと、・・・アーナを掛けた造語じゃないだろうか。ドッビュッシー好き、とかドッビュッシー風に、みたいな意味かもしれない。村上春樹さんのファンを『ハルキスト』と呼ぶようなものかな。

このアルバム、残念ながらCDは廃盤で、今はデジタルでしか売ってない。デジタルで購入するとアルバムの詳細情報がまったく分からない。このコラムに書く内容を膨らませるためにも、ディテールが欲しかったから、スペインのレコード発行元に問い合わせた。そうしたら、ライナーノーツをPDFにして送ってくれた。

『亡き王女のためのパヴァーヌ』のジャズバージョンをいろいろと聴いてきた僕の感覚では、このオラシオ・イカストのバージョンがいちばん好きである。

このバージョンも『亡き王女のためのパヴァーヌ』の有名メロディを取り出して、そこを膨らませてジャズにアレンジしているが、無理矢理感がなく、とても自然である。むしろ、これがオリジナルでは、と思わせるほどの説得力ある演奏となっている。

原曲がクラシックであろうがポップスであろうが、ジャズの聴き所は、『楽曲の本質をいかに抽出するか』という芸術的センスと、全体の流れを絶妙に作りあげる職人的腕前、ということに変わりはないということかもしれない。

『亡き王女のためのパヴァーヌ』のオリジナルと、このオラシオ・イカスト版を聴き比べるとよくわかるが、どちらも美しく、その音楽的本質の共通性には驚いてしまう。

ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』のオリジナルスコアは、僕が知る範囲では、ピアノソロとシンフォニーと2種類ある。そこにオラシオ・イカスト版のジャズも加えたらどうだろうか、と思ってしまうくらい素晴らしいバージョンになっている。



『ドッビュッシアーナ』のセットリストは次の通り。

1:「版画」から、雨の庭(ドビュッシー)
2:「ピアノ協奏曲 ト長調」から、アダージョ・アッサイ(ラヴェル)
3:「ピアノ・ソナタ第7番」から、プレチピタート(プロコフィエフ)
4:前奏曲第2番(ガーシュウィン)
5:亡き王女のためのパヴァーヌ(ラヴェル)
6:「ブエノスアイレスのマリア」から、アレヴァーレ(ピアソラ)
7:ドビュッシアーナ (イカストのオリジナル)

パーソネルは以下。
オラシオ・イカスト(ピアノ)
ヴィクトル・メルロ(ベース)
ノア・シェイエ(ドラムス)

残念ながら、ベースとドラムのミュージシャンの詳細は、調べたがよくわからなかった。
ただ、聴いて頂ければお分かりの通り、ほんとうに素晴らしい演奏である。



さて、クラシック楽曲を見事にジャズ化したこの『ドッビュッシアーナ』。聴き所は満載、全曲必聴である。
どうせなら、オリジナルの楽曲も併せて聴いてほしい。聴き比べると、音楽ってほんとに素晴らしいなあ、と実感出来ると思う。

1曲目に収録されているのはドビュッシーの『雨の庭』。まず、オリジナルを聴いてほしい。
庭に雨が降ってきて、激しさを増しながらやがて雨はやんでいき、最後には日の光が差してくる様子がピアノ1台のみで見事に表現されている。
驚異的な音楽。雨が降りつつ日が差しつつ、という部分は、雨をマイナーキーで、太陽をメジャーキーで描き、その対比が絶妙な美しさを実現。ピアノ一台だけで、まるで絵画のような、詩のような世界を表現できることを、ドビュッシーは証明している。

それをイカストはどのようにジャズに変容させ、オリジナルの音楽的本質を生かしながら新しく生まれ変わらせているか。是非聴いていただきたい演奏。ドラマティックでもあり、クリエイティブでもある。

2曲目と5曲目で取り上げられているラヴェルは、原曲の良さもさることながら、形容しがたいほどの美しさが際立つ名演奏。バラードとかスローミュージックというのとはまったく異なる、心を鎮めてくれるような、穏やかで慈しみあふれる音楽である。

3曲目は激しくドライブするアグレッシブな演奏だが、ハードバップではなく、前衛的な激しさに満ちている。途中いきなり4ビートが挿入されるなどのサウンド・コラージュ的な要素もあり、プロコフィエフの躍動感をこう解釈したか、とうなってしまう。

4曲目のガーシュイン『前奏曲第2番』はブルースであるが、イカストもストレートにブルースのフィーリングで演奏している。ただ、泥臭くなく、むしろ怪しげである。不穏な空気がすばらしく、暗黒の美というような仕上がり。

6曲目は、ピアソラの有名なタンゴ『ブエノスアイレスのマリア』から1曲目の『アレヴァーレ』を取り上げているが、タンゴの妖艶な雰囲気が魅力的にジャズに昇華していて、場末感たっぷり。浮遊感覚が抜群の出来映えだと思う。
ブエノスアイレスはイカストの出生地でもあるので、思い入れ込めて弾いているのかもしれない。

最後のトラック『ドッビュッシアーナ』はイカストのオリジナル作品だが、この1曲にイカストは持てるすべてを注ぎ込みつつ、ドビュッシーへの敬愛を音楽で表現しているように感じた。美しいだけではなく、愛に満ちた演奏。
ビル・エヴァンスのフレーズが顔を出すなど、リスペクト的な要素もあり、この世界観が好きな人には心地よいナンバーだろう。

アルバム全体のトーンとしては、ハービー・ハンコックのアコースティックなアグレッシブさと、キース・ジャレットの透明感、そしてビル・エヴァンスの空気感が渾然一体となったサウンド。そのあたりの音楽が好きな人は、間違いなく気に入ると思う。
甘いだけではなく、キレイなだけでもない。クラシック音楽への愛情が研ぎ澄まされて、切れ味鋭いジャズになった美しいアルバムだ。



ともかく、全曲が素晴らしい。ため息が出るほど美しい演奏もあれば、アグレッシブで背筋が伸びる躍動的な演奏もあり、クラシックの楽曲がジャズとして生まれ変わった成果としては、白眉の一枚と言って良いのではないだろうか。


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