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さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第116回
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美女とジャズ 第2回
撰者:松井三思呂






さんふらわあ ジャズナイト
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マクラにフェイスブックで拾ったジャズ漫才を!
題して、「ジョン・コルトレーンと女子高生!」



山手線の車内。女子高校生のブラスバンド部員らしき女の子がなんか疲れ切った顔をして、イヤそうに話している。
「顧問の○○がさぁ、これを聴いて勉強しろって、ジョン・コルトレーンっていう黒人のCD貸してくれたんだけどさぁ〜。メチャクチャ吹いてるだけでさぁ〜。も〜、うるさいんだよねぇ〜。」
「あんたなんかいいわよ。わたしなんかマイルスとかいう黒人でさ、時々『プペ!!』っていうだけなんだから。」
「でもさぁ〜、一番悲惨なのは○子よね。キースなんとかいう白人のピアニストでさ、妙な喘ぎ声上げながら弾いてるの。もうキモくてキモくて、鳥肌たっちゃったわ。」

以下、女子高生の会話はジャズミュージシャンから「嵐」に発展していくのだが、私も電車でこんな会話に遭遇すれば、吹き出してしまうだろう。

さて、今回は前回に引き続きブルーノート「美女ジャケ」コレクションの管楽器編。
本題に入る前に、ブルーノートのほとんどのアルバムで、ジャケット・デザインを担ったリード・マイルスに触れておきたい。



リード・マイルスは1927年7月シカゴで生まれ、2歳の時に大恐慌が起こり、両親が離婚したため、母親とともにカリフォルニア州のロングビーチに居を移す。地元のハイスクールを卒業後、海軍に入隊。除隊後、ロサンゼルスの美術学校に学び、卒業してからはエスクァイア誌のモデルなどで生計を立てながら、ニューヨークでデザイナーとして独り立ちすることを目指す。1954年になって、彼はアルフレッド・ライオンにデザイン画を持ち込み、これが認められたことから、ブルーノートのジャケット・デザインを任されることになる。

この後、彼はブルーノートだけでも400枚を超えるアルバムのデザインに携わるわけだが、彼の自由な発想と独創的な技法のデザインは、それまでのジャズアルバムのジャケットには無いもので、当時はとても非ジャズ的なものであったが、今となっては最もジャズを感じさせるものとなった。
一言で言えば、ジャズアルバムにポップアートの空気を持ち込んだ功績だ。

また、彼はブルーノートの専属デザイナーではなく、他のレーベルの仕事もやっている。例えば、マイルスの「バグス・グルーヴ」(Prestige 7109)は彼のデザインだが、彼が得意とした技法であるタイポグラフィ(文字表現のデザイン処理)だけでデザインされたもの。ブルーノートでは、文字のみのデザインとなれば、やはりJMの「チュニジアの夜」が真っ先に頭に浮かぶ。

ところで、彼が音楽としてのジャズに全く興味が無かったことはよく知られており、会社からもらったレコード(おそらくサンプル盤)を中古盤屋に売って、クラシックのレコードを買っていたようだ。
ただ、アルフレッド・ライオンには感謝の気持ちを持ち続け、ブルーノートを離れ、ロサンゼルスで成功を収めた後も、ライオンの病気療養にメキシコへの転居を勧めるなど、終生ライオンとは親交を持ち続けた。



【テナー・サックス部門】


A CADDY FOR DADDY
Hank Mobley
【Amazon のディスク情報】

★A CADDY FOR DADDY/Hank Mobley(Blue Note 4230)

<メンバー>
リー・モーガン(tp)
カーティス・フラー(tb)
ハンク・モブレー(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ボブ・クランショウ(b)
ビリー・ヒギンス(ds)

<写真&デザイン>
リード・マイルス

<録音>1965年12月18日ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオ

<ジャケット>
テナーはタレンタインの4268(「イージー・ウォーカー」)、ショーターの4194(「スピーク・ノー・イーヴル」)、サム・リヴァースの4249(「ア・ニュー・コンセプション」)も候補となったが、このところ気に入って、よく聴いている一枚をチョイス。
ジャケットの意匠は、前回のジミー・スミス「クレイジー・ベイビー」と同じく、「車」と「美女」だが、こちらは車がキャデラック。親父のキャデラックを借りて、彼女とデートというところ?

<キメの1曲>
「ウォーターメロン・マン」に似た親しみやすいメロディを持ち、メッセンジャーズ絡みの3管が躍動する表題曲も快調だが、ここではコルトレーンの黄金カルテット退団直後のタイナーが興味深い「ザ・モーニング・アフター」を。モード曲でモブレーの先発ソロが素晴らしく、その後、モーガンに引き続き登場するタイナーの演奏は、コルトレーンから解放された気分が溢れ出しているように感じられる。


【アルト・サックス部門】


ALLIGATOR BOGALOO
Lou Donaldson
【Amazon のディスク情報】

★ALLIGATOR BOGALOO/Lou Donaldson(Blue Note 4263)

<メンバー>
メルヴィン・ラスティー(cor)
ルー・ドナルドソン(as)
ジョージ・ベンソン(g)
ロニー・スミス(org)
レオ・モリス(ds)

<写真&デザイン>
リード・マイルス

<録音>1967年4月7日ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオ

<ジャケット>
アルト・サックス部門は大好きなマクリーン先生のアルバムからと思ったが、ピンとくるものが無かったので、もう一人のアルトの巨匠、ドナルドソン御大の有名盤をチョイス。
モデルのおネエさんのアイメイクが何とも言えません。このモデルさん、60年代を代表するトップモデルのペギー・モフィット!ペギー・モフィット、伝説的な(私は知りませんでしたが・・)デザイナーのルディ・ガーンライク、写真家でペギーの夫でもあったウィリアム・クラクストン、この3人のコラボによって、史上初のトップレス水着など、60年代のモード史に残る革新的な作品が数多く生み出されたらしい。 また、ウィリアム・クラクストンはジャズを撮る写真家でもあって、「JAZZ SEEN〜カメラが聴いたジャズ」は彼を追ったドキュメンタリー映画だ。彼の写真はパシフィック・ジャズのアルバムカヴァーに多く使われており、チェット・ベイカーの「シングス」(Pacific Jazz 1222)は広く知られている。
そんな彼の繋がりで、ペギー・モフィットの登場となる訳で、本アルバムともう一枚、同じドナルドソン御大の「ミスター・シング・ア・リング」(Blue Note 4271)も彼女がモデルになっている。

<キメの1曲>
何と言っても、タイトルチューン「アリゲーター・ブーガルー」。シングルカットされ、「ザ・サイドワインダー」以来のビルボード誌ホット100入りという大ヒットをブルーノートにもたらせた。
日本でも、この曲はザ・ホワイト・キックス(三保敬太郎、寺尾聰が在籍し、このシングル1枚で解散)やザ・ハプニングス・フォー(クニ河内が在籍)などのカヴァーで知られる。
ブーガルーとは、キューバ起源のグァヒーラ(内陸部に住んでいた貧しい白人農民の民謡)とR&Bが融合した音楽で、65年から70年頃までニューヨークで流行したものだが、ドナルドソン御大はブーガルーのことをよく知らず、この曲のタイトルはアルフレッド・ライオンのアイデアらしい。
このアルバムはドナルドソン御大が約3年半の間、シカゴのアーゴ〜カデットに出稼ぎに行った後、公式盤としてのブルーノート復帰後の初リーダー作。御大のコテコテ度増進と、当時一緒に活動していたジョージ・ベンソンとロニー・スミス、後にイードリス・ムハマッドと改名するレオ・モリスという若手リズム隊の暴れっぷりに注目で、特に「アリゲーター・ブーガルー」のグルーヴ感は流石に本家本元というところ。また、メルヴィン・ラスティーはアレサ・フランクリンの「レディ・ソウル」セッションに参加するなど、ソウル畑でも幅広く活躍した人で、なかなか味のあるラッパだ。


【トランペット部門】


MUSTANG!
Donald Byrd
【Amazon のディスク情報】

★MUSTANG!/Donald Byrd(Blue Note 4238)

<メンバー>
ドナルド・バード(tp)
ソニー・レッド(as)
ハンク・モブレー(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ウォルター・ブッカー(b)
フレディ・ウェイツ(ds)

<写真&デザイン>
リード・マイルス

<録音>1966年6月24日ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオ

<ジャケット>
ムスタングと、またも車がらみだが、こちらは女性の写真のみ。モデルのべっぴん度だけなら、前回コラム分も含めて、これがベストでは。 タイトルチューン「ムスタング」はソニー・レッドが書いた曲で、当時彼が欲しかった車らしい。
また、トリミングした写真をジャケット下部に配置し、上部の空白にタイトル文字を入れるというパターンは、1501、1502のマイルス・デイビスのアルバムで使用されて以来、リード・マイルスの得意技として定着している。このパターンにも、彼の独創性が感じられる。

<キメの1曲>
このアルバムがリリースされた頃、ブルーノート3管セッションのアルバムは、8ビートのジャズロック、モード調、スタンダードのバラード、アップテンポのハードバップという楽曲構成がお約束。
このお約束どおりの構成の中から、キメの1曲は、B面ラストの「アイム・ソー・エキサイテッド・バイ・ユー」。バードが書いたガッツのあるハードバップ・ナンバーで、何と言っても肩の力の抜け方が最高。キャッチーなテーマから、バード〜モブレー〜レッド〜タイナーと展開されるソロは「ハードバップの我が世の春!」
結局、なんやかんや言っても、このパターンはやめられません!好きなものは好きと言うことで・・・。



最後に、400枚を超えるリード・マイルスのデザインから、彼自身がベストデザインとしているアルバムを紹介しておく。

★A NEW PERSPECTIVE/Donald Byrd(Blue Note 4124)


A NEW PERSPECTIVE
Donald Byrd
【Amazon のディスク情報】

私としては意外な選択で、「もっとなんぼでも、他に・・・」というところが率直な感想だ。
リード・マイルスは写真をトリミングするうえで、ジャガーEタイプとバードの遠近感みたいなものに満足を覚えていたのだろうか。
まあ、撮影の技量だが・・・。



以上、2回にわたって、「美女ジャケ」コレクションをお送りしてきました。
語り尽くされている感もありますが、ブルーノートのジャケットには素晴らしいものが多く、オリジナル盤を集めているコレクターのなかには、絵画を買っている感覚の人も少なくないのではと思う次第です。
私も絵を買う感覚で、モノラルのオリジンをとも思いますが、何よりお財布が許してくれません!



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