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大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第102回
Fathead
David "Fathead" Newman



ファットヘッド
デヴィッド“ファットヘッド”ニューマン
撰者:大橋 郁



Fathead
David "Fathead" Newman

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高校の音楽の授業中、あまり楽譜が読めなかったデヴィッドが上下を逆さに楽譜スタンドに立ててスーザのマーチを暗譜で吹いたのを見た教師が彼を揶揄してそう呼んで以来、定着してしまったのが、ニックネームの「ファットヘッド」。その後、レイが自分のバンドを作るときにデヴィッドに声を掛け、デヴィッドはそのレギュラー・メンバーとなり、それから12年間の永きにわたってレイのバンドに所属することになる。レイ・チャールスというソウル史上の最重要人物を支えた人物の一人がデヴィッド・ファットヘッド・ニューマンなのである。デヴィッドのサックスは、アルトも凄くいいのだが、普段メインに吹くのはテナー・サックスだ。もちろんテキサス・テナーの風味があるとはいえ、どちらかというと地味めで控えめであり、吠えまくるというよりも、ルーズで泥臭く、むしろ優しくまろやかな感じがする。



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デヴィッド・ニューマン(ts)は、ジャズの世界での知名度は決して高いほうではない。この人は、永年レイ・チャールスのバンドメンバーだった人であり、どちらかというとソウルやリズム&ブルース寄りのミュージシャンと見られがちだからだ。しかし、このアルバムはれっきとしたハード・バップ・ジャズのアルバムである。 もともと、ジャズやブルースなどのアメリカ音楽誕生の地でない日本では、それぞれを別々のジャンルの音楽とみる傾向が強いが、本国アメリカではむしろ黒人音楽全体を指して広い意味でジャズ・ミュージックと呼んだり、ジャズ・フェスティバルに、ソウル系アーティストやロックンロールのアーティストが出演したりと、我々日本人が思っているよりも垣根は低い。

デヴィッド・ニューマンは、1933年のテキサス州生まれ。高校卒業後テナー・サックスを吹き始め、ローカルで幾つかの単発のギグをこなしていた。この時期に、チャーリーパーカーにも影響を与えたというアルトのバスター・スミスや、ブルース・ギターのT・ボーン・ウォーカーともツアーをしたことがあるらしい。そうこうしているうちに、1954年に21歳の時、レイ・チャールスと出会い、音楽的にも人間的にも意気投合した。2004年の伝記映画「レイ」では、ブルース・ギタリスト/歌手のロウエル・フルソンのバンドのメンバーとしてツアー中にレイ・チャールスとデヴィッド・ニューマンが一緒にヘロインをうつシーンがある。因みに、デヴィッドのニックネームである「ファットヘッド」とは、愚か者とか、間抜けを指すスラングである。高校の音楽の授業中、当時あまり楽譜が読めなかったデヴィッドが上下を逆さに楽譜スタンドに立てたまま、スーザのマーチを暗譜で吹いたのを見た教師が彼を揶揄してそう呼んで以来、定着してしまったとのことだ。

その後、レイが自分のバンドを作るときにデヴィッドに声を掛け、デヴィッドはそのレギュラー・メンバーとなり、それから12年間の永きにわたってレイのバンドに所属することになる。
1954年〜1967年までのレイ・チャールス・バンドと云えば、「ソウルの天才」の名を欲しいままにした歴史的傑作揃いの時代である。アトランティック・レコードからは、1957年の「ハレルヤ・アイ・ラブ・ハー・ソー」、1959年の「ホワッド・アイ・セイ」などのヒット・アルバムを次々に発表し、R&Bチャートの上位に何曲も送り込んでいる。1960年にレイが、ABCパラマウント・レコードに移籍してからも、1960年の「ジーニアス・ヒッツ・ザ・ロード」や1962年の「ジーニアス+ソウル=ジャズ」などの傑作を生みだした。この時期にレイ・チャールスというソウル史上の最重要人物を支えた人物の一人がデヴィッド・ファットヘッド・ニューマンなのである。

デヴィッド・ニューマンという人は、テキサス生まれらしく、ソウルフルなテナー・サックス吹きで、アレサ・フランクリン、B.B.キング、スタンレー・タレンタイン、エリック・クラプトンなどの、数々のジャズ・R&B・ブルース・ソウルのミュージシャンと共演している。
下記のブラザー・ジャック・マクダフ(org.)との共演盤もその一例であるが、骨太なソロをとっている。



Double Barrelled Soul
Jack McDuff & David Newman
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興味深いのはテキサスでメキシコ民謡の影響を受けたテックスメックス音楽の雄ダグ・サームのアルバム(「ダグ・サーム&バンド」)でもソロを吹いていることだ。



Doug Sahm and Band
Doug Sahm
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デヴィッドは、アルトも凄くいいのだが、普段メインに吹くのはテナー・サックスだ。この人のサックスは、もちろんテキサス・テナーの風味があるとはいえ、どちらかというと地味めで控えめであり、吠えまくるというよりも、ルーズで泥臭く、むしろ優しくまろやかな感じがする。だからこそ、テイストの異なるレイ・チャールスのバンドからもダグ・サームのバンドからも必要とされたのであろう。
テキサス州は、周辺のミシシッピ州やルイジアナ州と親近性を持ちつつも、音楽的にはディキシーよりもどちらかというとブルースやビッグバンドが栄えたこともあってか、サックス奏者の豊富な土地である。
さて、このデヴィッド・ニューマンの初リーダー作である「ファットヘッド」は、レイ・チャールスの最盛期、1958年11月に録音された。原題は、「Fathead/Ray Charles Presents David Newman」であり、御大レイ・チャールスもピアノで参加するなど、レイの肝いりで発表された。
内容的には、ハードバップスタイルのジャズであり、当時のレイのやっていたソウル・ミュージックとは少々趣が違う。しかしレイは、1958年/1961年にはジャズバイブ奏者のミルト・ジャクソンと共演したり、1961年にはジャズシンガーのベティー・カーターと共演アルバムを制作したりと、ジャズ寄りの活動もかなりしている。

さて、アルバム「ファットヘッド」の共演者は、当時のレイ・チャールスのレギュラーバンドであり、レイ・チャールス(p)の他には、マーカス・ベルグレイヴ(tp)、ハンク・クロフォード(bs)、エドガー・ウィリス(b)、ミルト・ターナー(ds)である。
冒頭を飾る名曲「ハード・タイムス」は、デヴィッドの名声を決定づけることになる曲であり、云わばテーマ曲ともいえる印象的な演奏だ。ここではデヴィッドは、アルト・サックスでテーマとソロをとる。続くソロは、ハンク・クロフォードのバリトン・サックス、レイのピアノ、マーカス・ベルグレイヴのトランペットの順で、「これぞ極楽!」と云えるリラックスしたほんわかムードの演奏である。

この曲は、親しみやすいメロディーで、その後多くのミュージシャンにカバーされる。
クルセイダースはスタジオ録音盤「オールド・ソックス・ニュー・シューズ(Old Socks New Shoes)」で、タイトでシャープなファンクに仕上げている。L.A.のロキシーでのライブ盤の「スクラッチ(Scratch)」では、一転してスローテンポでシビれるくらいにカッコいい。正に「ファンク・バラード」の大傑作だ。どちらのバージョンも、テナー・サックスのウィルトン・フェルダーは、ジョー・サンプルのアーシーな電気ピアノと絡みながら、思いっきり気持ち良さそうに吹きまくっており、これぞテキサス・ホンカーの中のテキサス・ホンカーといったところだ。
彼らの生まれ故郷であるテキサスの土埃が匂ってくるような素朴でファンキーな演奏である。



Old Socks New Shoes New Socks Old Shoes
Crusaders
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Scratch
Crusaders
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1969年のプレスティッジ盤のヒューストン・パーソン(ts)のアルバム「グッドネス(Goodness)」では、デヴィッド・ニューマンのバージョンをさらにリラックスさせたくらいのムードでやっている。

ウィルトン・フェルダーといい、ヒューストン・パーソン(生まれはサウス・カロライナ州でありテキサス生まれではないが)、といい、スタイル的にテキサス・テナーの流れを汲む人達に好まれるナンバーなのかも知れない。



Goodness
Huston Person
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ソウル/R&B系の歌手アレサ・フランクリンは、後にアトランティックに移籍して大輪の花を咲かせる以前のコロンビア時代の1961年にこの曲を吹き込んでいる。アルバム名は「エレクトリファイイング・アレサ・フランクリン」。リラックスしたブルージーなスタイルのアレサのピアノのバックにヴィブラフォンとホーンセクションがつく。アレサのヴォーカルは最後に少し入るだけだが、ほとんど「オー!イエイ!」ばかりをソウルフルに黒っぽくシャウトする。アレサはこの時期からやはりアレサだ。変わっていないと思う。



Electrifying
Aretha Franklin
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1996年のドクター・ジョンのライブ盤「トリッピン・ライブ(Trippin' Live)」は、ライブ盤「ガンボ」とでもいうべき、名曲・名演揃いである。この中でドクター・ジョンは人気曲である「サッチ・ア・ナイト」のイントロに「ハード・タイムス」のテーマを引用しており、ゴキゲンムードの中で「サッチ・ア・ナイト」につながっていく。このつなぎの部分は何度聞いてもゾクゾクとする。



Trippin' Live
Dr. John
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さて、話があちこちに飛んだが、デヴィッド・ニューマンは、その後数々のバンドやレーベルを渡り歩き、2004年6月のレイの死後、2005年ハイ・ノート・レーベルから「アイ・リメンバー・ブラザー・レイ(I Remember Brother Ray)」を発表した。これは同年米国で最も聴かれたジャズ・アルバムのひとつとなった。ピアノはジョン・ヒックスである。ジャケットの年老いたデヴィッドの写真からはレイ・チャールスとの想いでのひとつひとつを紡ぐようにして演奏した様子が見て取れる。


I Remember Brother Ray
David "Fathead" Newman
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そのデヴィッドも、2009年には75歳で他界した。同じくレイ・チャールズ・バンドの看板サックス・プレイヤーであり、アルバム「ファットヘッド」でも共演しているハンク・クロフォードも2009年1月に74歳で亡くなった。永年同じバンドで同じ釜の飯を食べた二人がほんの数日違いで他界したことは運命なのかも知れない。「アイ・リメンバー・ブラザー・レイ」は、レイへの思いの深さと温かさに満ち満ちている。


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