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さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第78回
銀巴里セッション
新世紀音楽研究所



撰者:松井三思呂


銀巴里セッション
新世紀音楽研究所
【Amazon のディスク情報】

ジャズ・アカデミー(金井英人、高柳昌行、富樫雅彦、菊地雅章)のメンバーに、日野皓正、山下洋輔、鈴木勲、中牟礼貞則、稲葉国光などを加えた「新世紀音楽研究所」が、「銀巴里」で実験的な演奏を行う研究発表会を続けた。『銀巴里セッション』は「新世紀音楽研究所」によるそんな研究発表会の一夜を切り取ったものだ。
高柳と富樫が共演した「Greensleeves」は漆黒の暗闇から聴こえてくるようなベースに導かれ、高柳はギターが弾ける喜びをかみしめるようにテーマを奏でていく。曲全体を通じて、富樫のドラミングが素晴らしい。
この夜は11曲演奏されており、4曲が選ばれてレコード化。TBMのカタログのなかではただ一つの60年代のもの。




Misty
山本 剛
【Amazon のディスク情報】

私が「和ジャズ」にハマったきっかけ。二年ほど前に元町のジャズ喫茶「JamJam」で聴いたこの『ミスティ』というアルバムは、ともかくカッコよかった。文句なしの演奏、録音も非常にクリア。



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明けましておめでとうございます!
昨年の年末は公私ともに忙しく、なかなかコラムの執筆に手が回らなかったため、年越しとなってしまいました。結果として、私が2013年最初の放浪派コラムを担当させていただくことに。
2013年もマイペースですが、楽しみながら書いていきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。



この一年間、本コラムで私が書いてきたものを振り返ってみると、テナーサックス奏者のヴィレッジ・ヴァンガードの名ライブ数珠つなぎで幕を開け、レニー・ニーハウス、イリノイ・ジャケー、ズート・シムズ、エディ・コスタ、マーク・マーフィー、そして前回はジャズ史上に輝く『至上の愛』を採り上げた。

もちろん、これらのアルバムはこれまでのジャズ体験のなかで非常に思い出深いものであるし、コルトレーンの『至上の愛』に至っては、高校時代のジャズ初体験作品だ。
ただ、現在自分がよく聴いているジャズかと問われると、正直に言って少し首を捻らざるを得ない。
そこで、2013年最初のコラムでは趣向を変えて、現在進行形で私がハマっている「和ジャズ」の作品を紹介したい。

「和ジャズ」という言葉は、4、5年前からCD業界やクラブイベントのDJ達が使い始めたもの。広い意味では和製ジャズ、つまり日本人ミュージシャンによるジャズということになるのだろうが、一般的にはもう少し狭めたカテゴリーを連想させる。
時代としては、50年代後半から80年代までの作品、つまり「昭和のジャズ」だ。
そして、演奏のどこかに「和」のテイストやグルーヴ感を持つものも多い。そういう意味では、第67回のコラムで吉田さんが採り上げていた板橋文夫は、「和ジャズ」のアイコン的存在であろう。

そもそも私が「和ジャズ」にハマったきっかけは、二年ほど前に元町のジャズ喫茶「JamJam」で聴いた山本剛の『ミスティ』(TBM-30)。
スリー・ブラインド・マイス(TBM)の山本剛の諸作品については、いずれ大橋さんがこの放浪派コラムで書いてくれると思うので、ここでは詳しく述べないが、この『ミスティ』というアルバムはともかくカッコよかった。文句なしの演奏、録音も非常にクリア。

これをきっかけに、私は「和ジャズ」のフラッグシップ・レーベルとも言えるTBMのアルバムを集め始めることとなる。
ただ、昨今の「和ジャズ」ブームもあってか、中古レコード屋やネットオークションで見かけても、結構お値段が張るため、大人買いはなかなかできない。

さて、今回紹介するアルバムはそんなTBMレーベルから『銀巴里セッション』(TBM-9)。



アルバムの内容に行く前に、スリー・ブラインド・マイス(TBM)というレーベルについて、簡単に触れておきたい。

TBMは1970年6月に藤井武、佐賀和光、魚津佳也の3氏が共同で設立したレーベルで、2006年に倒産により会社が無くなるまで、70〜80年代を中心に録音された作品154タイトルをリリースしたインディーズ・レーベルである。
このレーベルの素晴らしさは巷で広く語られているとおり、プロデューサーである藤井武氏の慧眼により、ヴォーカル、ビッグバンドからフリージャズまで幅広く、熱いミュージシャンが繰り広げる魂がこもったホンマモンのジャズを精力的にリリースしたことにある。

この代表選手が山本剛、鈴木勲。山本は六本木「ミスティ」、鈴木は自由が丘「ファイヴ・スポット」で一部の熱心なファンだけが知る存在であったところ、TBMから初リーダー作を発表する。そしてその後も、彼らはTBMから非常に質の高い作品を発表していき、レーベルを代表するミュージシャン、ひいては日本を代表するミュージシャンという名声を得ていく。

加えて、今も多くのジャズファンを惹き付けるTBMの魅力が録音の素晴らしさだ。
TBMのサウンド面を支えていたのは、レコーディング・エンジニアの神成芳彦氏。彼はほとんど全てのTBM作品の録音を担当、TBMの音=神成エンジニアという図式だ。
楽器の持つダイナミクスをとことん引き出すことを目標にして録音されており、それまでの国内録音には無い図太く、クリアな音質である。

神成氏の録音の特徴がよく現れている作品が、前述の山本剛の『ミスティ』(TBM-30)(1974年度スイング・ジャーナル誌のジャズディスク大賞最優秀国内録音賞受賞)で、この作品を聴くと、ピアノの高音が素晴らしくクリアでビックリさせられるし、ピアノトリオ全体がバンドとして一丸となって突進してくる凄まじい迫力が感じられる。



ここから『銀巴里セッション』である。矛盾した言い方になるかもしれないが、これまで述べてきたTBMの魅力に照らせば、このアルバムは最もTBMらしくない作品かもしれない。

ひとつには、前にTBMは70〜80年代を中心に録音された作品をリリースしたレーベルと記したが、『銀巴里セッション』だけが1963年6月26日の録音で、TBMのカタログのなかではただ一つの60年代のものである。

また、他の作品がスタジオであれ、ライブであれ、TBMからリリースすることを前提に録音されていることに対して、このアルバムは岡崎市で外科医として活躍する傍ら、熱狂的なジャズファンで評論家でもあった内田修氏の私家録音をTBMがレコード化したもので、内田氏が岡崎から持参したソニーのテープレコーダーによってレコーディングされている。
なお、神成芳彦氏はミキサーとしてクレジットされており、71年にこのアルバムが制作された時にミキシングだけを担当している。

「銀巴里」は1951年に開店した日本初のシャンソン喫茶で、90年に閉店するまで銀座で営業を続け、美輪明宏、戸川昌子など多くの一流シャンソン歌手を輩出した。
「何故、シャンソン喫茶でジャズのライブ?」という疑問が湧くが、当時の東京ではジャズ喫茶は数多くあったものの、定期的にライブを演れる場所はほとんどなかったらしい。

そんな状況のなか、研究心が旺盛で実験的な演奏を志向した「ジャズ・アカデミー」と称する演奏家集団(金井英人、高柳昌行、富樫雅彦、菊地雅章)は自分達が好きなことができる場所を探していた。彼らが体当たりで交渉した結果、「銀巴里」は演奏の場を提供する。そして、毎週金曜午後にセッションが行われるようになる。

「ジャズ・アカデミー」は当初のメンバーに、日野皓正、山下洋輔、鈴木勲、中牟礼貞則、稲葉国光などを加え、「新世紀音楽研究所」として毎週金曜午後のジャムセッションとは別に、1〜2ヶ月に一度「銀巴里」で深夜12時から翌朝まで、オリジナル曲を中心により実験的な演奏を行う研究発表会を続けた。
『銀巴里セッション』は「新世紀音楽研究所」によるそんな研究発表会の一夜を切り取ったものだ。

収録曲とパーソネルは次のとおり。【】書きは録音当時の年齢。

<サイド1>
Greensleeves
:高柳昌行(g)【30歳】、金井英人(b)【32歳】、稲葉国光(b)【29歳】、富樫雅彦(ds)【23歳】
Nardis
:菊地雅章(p)【23歳】、金井英人(b)、富樫雅彦(ds)
<サイド2>
If I were a bell
:中牟礼貞則(g)【30歳】、日野皓正(tp)【20歳】、稲葉国光(b)、山崎弘(ds)【23歳】
Obstruction
:山下洋輔(p)【21歳】、宇山恭平(g)【25歳】、金井英人(b)、富樫雅彦(ds)

ところで、内田修氏自身のライナーによれば、彼は「新世紀音楽研究所」による深夜の研究発表会(リサイタル)が開催される度に、岡崎から上京して演奏をテープに収めていたようだが、そのなかではこの「1963年6月26日深夜」の演奏が最高のものであったと記している。

その理由は、この夜のセッションが「新世紀音楽研究所」のリーダー格であった高柳昌行が麻薬と縁を切るために、演奏活動を中止することを惜しむ会であったこと。麻薬を断ち切るために演奏活動を止めると言えば、過去のコラムで採り上げたソニー・ロリンズの雲隠れと同じ。
また、皮肉なことに、高柳とは逆に一年半のブランクを経て、麻薬を完全に断ち切った富樫雅彦の復帰を迎える会でもあった。

そういう面では、アルバムの白眉は高柳と富樫が共演した「Greensleeves」ということになるのであろう。
漆黒の暗闇から聴こえてくるようなベースが奏でる脈動に導かれて、高柳はギターが弾ける喜びをかみしめるように丁寧にテーマを奏でていく。ソロになると徐々に熱を帯びてきて、段々と情念の炎が燃え盛っていくような印象を受ける。
また、曲全体を通じて、富樫のドラミングが素晴らしい。一年半のブランクがあって、このセッションの一週間前に始めてスティックを握ったとは思えない演奏である。後年、事故のために下半身不随となるが、その後も日本のジャズ史に名を残す野心的な作品を発表していく。やはり、天才だ。

「Nardis」はマイルスが書いたバラードで、ビル・エヴァンスのオハコ。ここでの菊地雅章は23歳とは思えない大人の風格を見せつける。音数ではなく、音と音の間に意味を持たせた演奏で、アドリブの間ずっと聴こえてくるカエルのような唸り声も真剣味の発露と思える。
彼の正式なレコード・デビューは、66年に富樫とともに参加した渡辺貞夫カルテットによる『Jazz & Bossa』であるが、彼は既に58年、自己のトリオでプロデビューを果たしており、この時点で若手ピアニストのトップランナーであった。
また、このバラード曲でも富樫のドラミングが光る。ビル・エヴァンス・トリオのポール・モチアンより数段カッコイイと思うのだが・・・。

この夜は全体で11曲が演奏されており(鈴木勲をリーダーとしたセッションもあった)、そのなかから4曲が選ばれてレコード化されている。
内田氏のライナーによれば、当日の「銀巴里」には多くのミュージシャンだけではなく、渡米していた渡辺貞夫夫人の光子さんや、後にTBMプロデューサーとなる藤井武氏も駆けつけていたようだ。
演奏が終わって、店員達が後片付けに余念のないなか、菊地は一人ピアノに向かって即興のバラードを弾き続けたらしい。私も半世紀の時間をタイムスリップして、その場にいたかったものだ。

<サイド2>の「If I were a bell」はマイルスの演奏が有名だが、ここでは何と言っても20歳の日野皓正に注目したい。
タップダンサーでトランペット奏者でもあった父親の影響で、幼少からトランペットを学び、13歳から米軍キャンプで演奏していたキャリアを持つ。
「銀巴里」の時期はちょうど白木秀雄クインテットに参加する前にあたる。
演奏は非常にブリリアントな音色で、奇をてらわず実直なフレーズを積み重ねていく。真剣にジャズと向き合っていることが感じられる演奏だ。
兄貴格の中牟礼貞則もアイデアに満ちたアドリブで好演。

金井英人のオリジナル曲「Obstruction」は、実験的で前衛のにおいがするナンバー。
この時、山下洋輔は国立音楽大学作曲科2年生。後年、自己のトリオで開花するパーカッシブな奏法も垣間見える。

『銀巴里セッション』を聴いて思うことは、ここまで才能に溢れた人達が、ここまで真剣に熱意を持って音楽を創っていることが、記録として残されていることの幸福。
現在、なかなか入手しづらい音源ではあるが、「和ジャズ」の始祖鳥的なアルバムでもあり、一人でも多くの人に聴いてもらいたい作品である。



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