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jazz night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第70回
Rah
Mark Murphy



ラー
マーク・マーフィー
撰者:松井三思呂



Rah
Mark Murphy
【Amazon のディスク情報】

A面はバラードを中心に、歌のうまさや渋さを見せつける。私もこの歳になって初めて、「これぞ男性ジャズ・ヴォーカル!」というものを聴いて、その良さが少しは判ってきたような気がする。B面はマイルスのモード奏法の出発点となった名曲「マイルストーン」で幕を開ける。この名曲に歌詞を付けたものは、このアルバムでしか聴けない。「ドゥードゥリン」はよりリラックスした歌いぶりで、後半は裏声もまじえ、一杯飲みながら歌っているジャズクラブのライブのようだ。これだけ歌のうまい人にこの名曲で、お酒のあてとしても最高。改めてジャズの奥深さを思い知らされた。本アルバムは私の男性ヴォーカル・アレルギーを治療してくれたレコードとなった。



Sunflower Jazz Night
フェリーで揺れる、ジャズの夜。
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Volontaire
東京赤坂でジャズなら
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ソウルでファンキーな夜を。
神戸元町のジャズバー、Doodlin'

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芸術の秋本番です。少し前に、ボブ・マーリーの映画『ルーツ・オブ・レジェンド』を観てきました。
彼の36年の生涯を家族、バンド関係者の証言や未公開映像などで、丹念にたどったドキュメンタリーで、知らなかったエピソードも数多く、2時間半の上映があっという間でした。
今、シリアの内戦で多くの犠牲者が出て、尖閣諸島で日中関係が騒がしいなか、映画のエンドロールで流れた「One Love」の歌詞に込められたボブの想いは、決して色褪せていないと思いました。

もうひとつ映画の話題を。第14回のコラムで私が採り上げたミシェル・ペトルチアーニのドキュメンタリー映画『情熱のピアニズム』がもうすぐ公開されます。
生まれ持った骨形成不全症という障害のため、ボブ・マーリーと同じく36歳で夭折した天才ピアニストの生涯を、ボブのドキュメンタリーと同様に共演したミュージシャンの証言や未公開映像などで綴ったものです。
奥さん以外の恋人達の証言もあるところほか、ボブの映画と非常に似通った作りみたいで、公開が待ち遠しいところです。この放浪派コラムを読んで下さっている読者の方も要チェックですよ。
『情熱のピアニズム』公式HP
http://www.pianism-movie.com/

さて、今回は山下達郎氏風に「棚からひとつかみ!」というより、「棚からひとつつかみ!」だ。「何じゃそれ?」と言われそうだが、「ひとつ」しか持っていないから、「ひとつつかみ」。
そう、今回のアルバムは私が一枚しか持っていない男性ヴォーカルものを紹介したい。



そもそも男性ジャズ・ヴォーカルと言えば、連想されるヴォーカリストにはいろいろなタイプがいる。
サッチモやフランク・シナトラはジャズ歌手のレベルを超えて、国民的ポピュラー歌手だし、ナット・キング・コールやチェット・ベイカーは歌手である前に、ピアニストやトランペッターである。また、サミー・デイヴィス・ジュニアやレイ・チャールズも、ジャズ・ヴォーカルの範疇に入る作品を残している。

そうなると、メル・トーメやトニー・ベネットあたりが典型的な男性ジャズ・ヴォーカリストということになるのだろうか。しかし、私はこのあたりが最も苦手だ。クルーナー・タイプと言っていいのか、よく分からないが、ともかく「熱さ」や「ひたむきさ」が感じられなくて、ずっと敬遠していた。
逆に言えば、「男性の唄」はジャズ以外の分野のアーティストで充分だったということだ。
その結果我が家のレコード棚には、男性ジャズ・ヴォーカルのアルバムが一枚も無い状態が続いていたが・・・。

9月中旬の3連休の1日、私は吉田さん曰く「元町北通り」の『ハックルベリー』で、ジャズ箱を漁っていた。神戸が誇る中古盤屋である『ハックルベリー』は全国のコレクターが訪れる有名店だが、私も35年以上通っていて、嫁さんより長い付き合いだ。
そんなこんなで、恐らく私のコレクションの3分の1ぐらいは、『ハックルベリー』で仕入れたものである。ジャズのアナログ盤に始まり、ロックやブルース、ソウルのCDばかり買っていた時期もあったが、今はまたジャズのアナログ盤に回帰している。

その日は珍しくこれという獲物が無かったので、普段は見向きもしないジャズ・ヴォーカルの箱が目に入り、何気にチェックしてみたところ、一枚のアルバムに手が止まった。

それが今回紹介する『ラー/マーク・マーフィー』(Riverside 395)。
正直言って、ジャケをエサ箱から引き上げた時には、ソウルかブルースのアルバムがジャズ・ヴォーカル箱に紛れ込んでいると思った。
そうでなければ、プラカードを見て、アビー・リンカーンの叫びが聴けるマックス・ローチのキャンディッド盤『ウィ・インシスト!』のようなプロテスト・ジャズを連想した。
ただ、「ジャケットはカッコイイな」と思った瞬間、「RIVERSIDE」というロゴが目に入り、裏の英文ライナーを見て、ビックリ!

収録曲を記すと、
A-1 Angel Eyes
A-2 Green Dolphin Street
A-3 Stoppin'the Clock
A-4 Spring Can Really Hang You Up the Most
A-5 No Tears for Me
A-6 Out of This World
B-1 Milestones
B-2 My Favorite Things
B-3 My Favorite Things (alt.takes)
B-4 Doodlin'
B-5 Li'l Darlin'
B-6 Twisted
B-7 I'll Be Seeing You

A面はスタンダードのオンパレード、B面はそれに加えて、「マイルストーン」と「ドゥードゥリン」など、ジャズメンのオリジナル・ナンバーを歌っている。
『ハックルベリー』から徒歩数分、ジャズバー『Doodlin'』のマスターの顔が浮かび、購入意欲が上昇した。

また、伴奏メンバーも豪華!
クラーク・テリー、ブルー・ミッチェル、ジョー・ワイルダー、バーニー・グロウ、またはアーニー・ロイヤル(トランペット)、ジミー・クリーヴランド、アービー・グリーン、またはメルバ・リストン(トロンボーン)、ウィントン・ケリー、またはビル・エヴァンス(ピアノ)、バリー・ガルブレイス、またはサム・ハーマン(ギター)、ジョージ・デュヴィヴィエ、またはアート・デイヴィス(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)。そして、オーケストラの指揮とアレンジはアーニー・ウィルキンス。
ビル・エヴァンスが参加しており、サックスはいないが、リヴァーサイド・オールスターズというメンツで、購入意欲がますます上昇。

キメはジャケットデザイン!!
鮮やかなオレンジ色に縁取られたなかに、「RAH」と書かれたプラカードを持つマーク・マーフィーが印象的。調べてみると、“RAH”と“HURRAH”の略。運動会のフレー! フレー!であって、政治とは全く関係がない。

それどころか、ウェリントンのサングラス、赤のギンガムチェックのボタンダウン、黒のニットのベスト、カーキ色のコットンパンツと、マーク・マーフィーがアイビー・リーガーのいでたちで、膝の上には経済学の教科書。真面目な優等生がフットボールの試合の応援といったところだろうか。イカしたショットである。

この写真の撮影者はMike Cuestaとクレジットされている。調べてみると、映画『真夏の夜のジャズ』の撮影を担当した人みたいだ。

マーク・マーフィーは1932年3月ニューヨーク州生まれで、若い頃から兄のバンドでピアニスト兼歌手をつとめていた。56年からデッカ、キャピトルで4枚のリーダー作を制作するも売れずに、リヴァーサイドに移籍。最初のアルバムが本作である。
ジャケットの裏面にはサングラスを取った彼の写真が載せられているが、なかなかな男前。この端正な顔立ちを活かして、ジャズ歌手としてデビューする前には俳優の仕事もしていたらしい。

お値段も800円と手頃で、ジャケットと盤のコンディションも良好であった。これぞ「ジャケ買い」であるが、購入して一直線にジャズバー『Doodlin'』へ。
マスターにお願いして、「ドゥードゥリン」が入ったB面をかけてもらった。「ドゥードゥリン」を聴いて、マスター曰く「これ、ホレス・シルヴァーのソロに歌詞付けて歌ってるわ!」

今回、コラムの題材とするためにじっくり聴いてみたが、やはりA面とB面では印象が違う。
A面はバラードを中心に、歌のうまさや渋さを見せつける。私もこの歳になって初めて、「これぞ男性ジャズ・ヴォーカル!」というものを聴いて、その良さが少しは判ってきたような気がする。

B面はマイルスのモード奏法の出発点となった名曲「マイルストーン」で幕を開ける。
この名曲に歌詞を付けたものは、このアルバムでしか聴けない。というのも、この歌詞はマーク・マーフィーの友人ジム・ブリットがマーフィーのために書き下ろしたものだからだ。歌詞は英文で日本語ライナーに載っており、私の拙い英語力で判読したところ、「後ろを振り向かず、常に前進する」といったマイルスを賞讃する内容となっている。
マーフィーは著名なテーマに歌詞を乗せて歌った後、アドリブのスキャットを披露する。これが何ともカッコイイ! たぶん、原曲で先発ソロをとるキャノンボール・アダレイのフレージングを意識しているのではないだろうか。

次は、「マイ・フェイヴァリット・シングス」。
コルトレーンがアトランティック録音以降、数多く演奏した楽曲であるが、もともとはミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』のナンバー。
本アルバムには、2つのテイクが収録されているが、B-2の本テイクが素晴らしい。
マーフィーはオスカー・ハマースタイン2世によるオリジナルの歌詞で歌った後、メロディをフェイクさせながら、「私のお気に入りミュージシャン」を織り込んだ自作の歌詞で、もうワン・コーラス歌いあげる。登場するミュージシャンはコルトレーン、マイルス、キャノンボール、ベイシー、エロール・ガーナー、レイ・チャールズ、アニタ・オデイ、ペギー・リー、ビリー・ホリデイなど、粋な趣向だ。

いよいよ、「ドゥードゥリン」。
マーフィーが歌う詞は、そもそもジョン・ヘンドリックスがランバート・ヘンドリックス&ロスのために書いたもので、“doodle"という言葉を「落書きをする」という意味に解している。
このLH&R自身のバージョン(YouTubeに画像がアップロードされている。ビックリ!)はヴォーカリーズとしての彼らの力量が発揮されていて、ホレス・シルヴァーのソロ部分をメンバーの3人が歌詞とスキャットで掛け合っていくところがスゴイ。

これに対して、マーフィーはよりリラックスした歌いぶりで、後半は裏声もまじえながら、一杯飲みながら歌っているジャズクラブのライブのようだ。これだけ歌のうまい人にこの名曲で、お酒のあてとしても最高。改めてジャズの奥深さを思い知らされた。

ところで、この曲はサラ・ヴォーン、R&Bシンガーのベイビー・ワシントン、イギリスのポップ・シンガーのダスティ・スプリングフィールドなど、多くの歌手にカバーされている。また、ディー・ディー・ブリッジウォーターはホレス・シルヴァー自身の書いた歌詞で歌っている。

次の「リル・ダーリン」と「ツイステッド」もLH&Rがらみの曲。前者はベイシー・オーケストラの定番曲、後者はワーデル・グレイの作。マーフィーは「リル・ダーリン」をゆったりしたテンポでしみじみと歌い、「ツイステッド」ではスキャット爆発のスイング、スイング、スイング!

最後はスタンダードの「アイル・ビー・シーイング・ユー」でしめて、一丁あがりという感じである。

なお、伴奏メンバーはオールスターだが、あくまで歌伴。ビル・エヴァンスは「マイ・フェイヴァリット・シングス」などで弾いているみたいだが、「そうなんや」という程度だ。本アルバムはあくまで「マーク・マーフィーの唄」を聴く作品である。

今回は「ジャケ買い」大成功のお話。「ジャケ買い」失敗例もないことはないが、だいたい満足できることが多いように思う。「名は体を表す」ということだろう。
しかも、本アルバムは私の男性ヴォーカル・アレルギーを治療してくれたレコードとなった。ネットのオークションで欲しいものはすぐに手に入る時代だが、まだまだ中古盤屋巡りのレコード・ハンティングはやめられません!



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