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主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第65回
All Star Band at Newport '78
Lionel Hampton



オールスターバンド アットニューポート '78
ライオネル・ハンプトン
撰者:大橋 郁



All Star Band at Newport '78
Lionel Hampton
【Amazon のディスク情報】

「サヴォイでストンプ」の美しいソロ。いきなりアーネット・コブがドスの効いたテナーを聴かせる「明るい表通りで」。「ハンプスザチャンプ」は、本アルバム中の白眉。「フライングホーム」はこの楽団のテーマソングのような曲で、サックス陣が順々にソロを回す。ペッパー・アダムスのバリトンや、チャールス・マクファーソンのアルト、そしてアーネット・コブのテナーが熱狂的な雰囲気で締めくくる。とにかく「超」の字がつくこの豪華盤。



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ジャズファンならライオネル・ハンプトンという名前は、たいてい知っているはずだ。
映画「ベニー・グッドマン物語」などで、実名で出演してもいるから、実際の映像を見たことのある人も多いだろう。しかし、米国音楽界にとってどのような存在であったのかは、我々日本人にはなかなか見えにくい。
その彼の人間像が少しだけわかったような気にさせてくれるのがこのアルバムである。
1978年、ライオネル・ハンプトン69歳。彼の芸能生活50周年を祝うためにゆかりのあるミュージシャンたちがカーネギーホールという大舞台で一堂に会した、その記録である。

十分な打ち合わせも行われないまま、本番に臨んだのではないだろうか、随所にアンサンブルの乱れがある。全体として大味で、しまりのないヨレヨレのリズムだ。しかし、ダレているというのとは違う。もの凄いゴージャス感なのである。ほとんどワルノリ! 私は、アンサンブルというものは、ピッタリと揃っていてこそ美しく、引き締まって聞こえるもの、と思っていた。しかし、ここでの各奏者のソロやバンドアンサンブルは、そんな思い込みをいとも簡単に覆す。粗暴である故のカッコよさとでも言っておこうか。何より、この日集まった面々のライオネル・ハンプトンに対する敬意、そして師匠であるハンプトンを中心としたセッションが楽しくてしょうがないというようなあふれ出る喜びが私には感じられた。

この時期、往年の著名ビッグバンドのサイドメンを集めて再現する試みがあちこちのジャズフェスティバルで行われた。このアルバムも、ニューポートジャズフェスティバルの企画の一つだ。当時のオールドファンにノスタルジアを与えれば、所期の目的は既に達成したはずではあるが、それから35年近くを経た21世紀の現在でも決して色褪せない魅力がある。このアルバムを聞いてジャズファンになる人は多いことと思う。
繰り返しになるが、このアルバムはライオネル・ハンプトン楽団の全盛期を捉えたものではない。いわば、ハンプトンスクールの卒業生たちが、恩師に感謝するために開いた同窓会である。

ライオネル・ハンプトンは、1936年から4年間ベニー・グッドマン楽団に在籍し、1940年以降、自身のビッグバンドを率いる。このバンドは後になってみるとびっくりの豪華メンバーを擁していた。 
第58回の松井さんのコラムで触れられていた元祖ホンカーであるイリノイジャケー(ts)を初め、ジョー・ニューマン(tp)、クインシー・ジョーンズ(tp)、アル・グレイ(tb)、キャット・アンダーソン(tp)、ファッツ・ナヴァロ(tp)、クリフォード・ブラウン(tp)、アーネット・コブ(ts)、アール・ボスティック(ts)、ジョニー・グリフィン(ts)、デクスター・ゴードン(ts)、ウェス・モンゴメリー(g)、チャーリー・ミンガス(b)ミルト・バックナー(p.org)などなど錚々たるスタージャズメンを輩出している。

メンバーの中には、後にキャブ・キャロウェイ楽団や、カウント・ベイシー楽団の一員となった人が多いのも特徴であろう。
このように、ライオネル・ハンプトンという人は、ジャズ界で高い評価を受けた。しかし、驚くべきはそれだけではなく、彼は50年代のロックンロールの誕生を初めとするアメリカの音楽界の変遷の中で、ジャズ、ロックンロール、R&Bなどあらゆるジャンルの人々からリスペクトされ、生き残ってきた人なのである。アメリカの芸能そのものであるといってよい。

彼は1957年、映画「ミスターロックンロール」に出演した。主演はアランフリ−ド。ラジオDJとしてロックンロールの普及に貢献し、現在では「ロックンロールの生みの親」と称えられる人物である。共演者としてリトル・リチャードやチャック・ベリーらビッグネームが名を連ねる。
映画の冒頭に実名で登場したハンプトンは「ブルースとディキシーランドジャズとスイングジャズが一緒になってロックンロールが出来上がった!」と高らかに歌い上げた。この、大衆音楽の革命ともいえるロックンロールの出現を若者たちは熱狂的に受け入れたが、オーセンティックな音楽として既に認められていたジャズの世界ではあまり歓迎されなかった。
しかし、ハンプトンは自分をジャズ界の人間という狭い捉え方をしていなかった。かと言って、商売上手で何にでも手を出すというのとは少し違う。形式にとらわれない自然児であり、ジャンプ、R&B、ジャズなどといった垣根は彼の中にはなかった。R & Bとジャズの融合音楽を演奏したつもりもないのだろう、ただ、自分自身の中にある音楽を演奏していただけのことなのではなかろうか。

一般にエンターティナー的要素のチラつく人は、ジャズ批評では軽視されがちである。キャブ・キャロウェイや、サミー・デイビス・ジュニアがそうであった。しかしハンプトンは、ジャズアーティストとして確たる地位を築きながら、尚且つ芸能人であり続けた。映画「ミスターロックンロール」への出演が彼の懐の深さを物語っている。
ハンプトンの音楽は、明らかにロックンロールではない。しかし、彼は、活気のあるビートに乗ってパワフルに歌い、演奏した。飛んだり跳ねたり、ドラムスティックを放り上げたりのパフォーマンスは、実にロック的である。彼のショーマン的体質は、ロックンロールの源流のひとつであった。

さて、アルバムの中身である。1曲目の「サヴォイでストンプ」での、ドク・チータム(tp)のソロの何と美しいことか! 決して早吹きせず、8分音符を主体とした分かり易く流麗なトランペットは夢見心地にさせてくれる。2曲目の「明るい表通りで」は、いきなりアーネット・コブがオヤジソロとでもいうべき、ドスの効いたテナーを聴かせる。この頃のアーネットコブは自動車事故にあい、松葉杖の生活だったが、そんなことを感じさせないぐらいパワフルで熱いサウンドである。彼は、その深く温かい息使いから、「テキサスから来た世界一ワイルドなテナーマン」(The world's wildest tenor man)と呼ばれた。正にテナーオヤジである。またこの曲ではハンプトンがボーカルをとっている。アレンジにもゴージャス感があり、聞いたあとの満腹感は堪えられない。
3曲目の「ハンプスザチャンプ」は、本アルバム中の白眉だと思う。ブラスセクションが続けてソロをとるが、特に最後のジョーニューマン(tp)とキャットアンダーソン(tp)のハイノートの掛け合いが凄まじい!(但し、ギターソロだけには目をつむって貰いたい。上手い、下手のレベルとは違った話である。バンドの和を乱すような違和感すら感じる。)
5曲目の「フライングホーム」はこの楽団のテーマソングのような曲。ここではサックス陣が順々にソロを回す。ペッパー・アダムスのバリトンや、チャールス・マクファーソンのアルト、そしてアーネット・コブのテナーが熱狂的な雰囲気で締めくくる。
とにかく「超」の字がつくこの豪華盤を、一度は聞いて欲しい。


(補足)
数年前にハーレムの黒人街を歩いていて、「ライオネル・ハンプトン・ハウス」という建物に出くわした(写真)。後でわかったことだが、これはライオネル・ハンプトンが、妻のグラディスと共同で低所得者向けに建設したプロジェクトアパートである。彼のように富と名声を得た人なら、セントラルパークなどのように、人目につきやすい場所の記念碑に出資することも出来るであろうに、お金の使い方に人柄が出ているような気がした。


(撮影:大橋郁)




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