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さんふらわあ JAZZ NIGHT プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
媚びないジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第56回
Marsalis Standard Time, Vol.1
Wynton Marsalis



スタンダードタイム Vol. 1
ウィントン・マルサリス
撰者:平田憲彦



Marsalis Standard Time, Vol.1
Wynton Marsalis
【Amazon のディスク情報】

ウィントン・マルサリスの圧倒的な1枚。ハードバップの神髄をトランペットのワンホーンカルテットで味わえるだけでなく、パッションにあふれた挑戦的サウンド、しかし伝統へのリスペクトもしっかり内包している。あえてスタンダードを選曲して敷居を下げたかのように見せながらとんでもないテクニックでスウィング&ブルースする。

1. Caravan
2. April In Paris
3. Cherokee
4. Goodbye
5. New Orleans
6. Soon All Will Know
7. A Foggy Day
8. The Song Is You
9. Memories Of You
10. In The Afterglow
11. Autumn Leaves
12. Cherokee II



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ここにはリラックスはない。穏やかで気の利いたフレーズや、思わずほほが緩むような楽しさもない。聞こえてくるのはあくまでも挑戦的サウンドであり、自分たちの音こそ正しいと言わんばかりの威圧的とも言える演奏、意志がむき出しになった緊張感が張り詰める濃密なサウンドである。まるで深夜のアフターアワーズセッションで相手を打ち負かすことだけを考えたような、燃え上がり、突き刺すようなアドリブ。



「胸のすくようなハードバップ」

寺島靖国さんが著書「辛口ジャズノート」で評したその言葉は、20歳そこそこの私を引きつけるには充分すぎるほどのインパクトがあった。
ジャズを聴き始めて間もなかったこともあり、ジャズ的なる用語もあまり知らなかった私は、まず「ハードバップ」という単語にやられた。語感がいい。そしてコトバ自体にスピード感とサウンドがある。

その後はあれこれとハードバップ作品を聴いた。この『胸のすくようなハードバップ』を表現できるアルバムとしては、もちろん『バードランドの夜』など名作傑作は数多くあるが、寺島靖国さんが評したウィントン・マルサリスを思い出す。
それが『スタンダードタイム Vol.1』である。トランペットのワンホーンカルテットながら、まさに胸のすくようなハードバップをやってのけた強力な1枚だ。

ウィントン・マルサリスは、1961年ニューオリンズの音楽一家に生まれた。父はエリス、兄はブランフォード、弟はデルフィーヨ、そしてジェイソン。皆がジャズミュージシャンである。

ブランフォードはロックのスティングとともにレコーディングし、世界ツアーもこなすなど器用な一面があるが、素晴らしいサックス吹き。弟のデルフィーヨも伸びやかでスウィンギーなトロンボーンを吹く。そして自由自在に鍵盤を転がす御大エリス。ジェイソンは残念ながら未聴。
私は幸運なことに、ニューオリンズでエリス・マルサリスのピアノトリオを見る機会に恵まれ、さらにデルフィーヨのクインテット演奏も聴くことができた。

マルサリス一家の中でも、ウィントンは早熟の天才と言われながらも、日本の、あるいはアメリカでもそうかもしれないが、ジャズファンからもう一つ煙たがられてきた。その理由はいろいろあるだろうが、よく言われているのが『アタマでジャズをやっている』とか、『一言多い』という批判である。

私は基本的に、そのミュージシャンが何をコメントしようが気にしない。年齢や経歴も、知っていたら知識は増えて楽しいが、音楽そのものとは切り離して考える。ミュージシャンの作品は音楽が全てであると思うからだ。良い人で性格も素晴らしく愛すべき人格のミュージシャンでも、その音楽が良くなければ、ミュージシャンとしてはダメである。なので、いくらウィントンが理屈っぽかろうが、口数の減らない男であろうが、その音楽が良ければそれでいい。
なので、ウィントンのそういう属性をもって彼の音楽を聴かないのは勿体ないことである。

ただ、村上春樹さんがその著書『意味がなければスウィングはない』でウィントンのことを取り上げた秀逸で読み応えのあるコラムでも触れている通り、たしかにウィントンには『退屈』と感じるアルバムはいくつもある。それはウィントンの口数の多さとは関係ないだろう。優れたミュージシャンでも退屈なアルバムを出すこともあるのは、裏を返せば、アルバム毎にあれこれといろんなアプローチを試みているミュージシャンであると言い換えることも出来る。

『スタンダードタイム Vol.1』のようなストレートアヘッドなモダンジャズのアルバムを何枚も出していれば、退屈なアルバムは減ったかもしれないが、それはウィントンにとって自分らしい仕事ではないのだろう。彼が歩んできた歴史を見ると、そう思う。しかしそれはマイルスのような意味ではない。マイルスは音楽を進化させるというベクトルで変容を遂げてきたが、ウィントンにとって音楽は、フィーリングというよりはロジックというほうが近いような感じもする。それも、過去の音楽遺産を再構築して提示するという、ロジカルなルーツ指向の。つまり、マイルスとは正反対の指向性を持っているように思う。

この『スタンダードタイム Vol.1』も、そういったウィントンの激しいロジカルな姿勢が濃厚に出ている。単純なスタンダード集ではない。聴きようによっては、『スタンダードを演奏するとは、伝承素材を再構築して曲の本質をえぐり出すことだ』というような主張すら感じさせる。もっと書くと、スタンダードをやっている大勢のジャズミュージシャンに対するアンチテーゼとしてある、というような攻撃性すら感じる。

しかし、そんな攻撃性があったとしても、トランペットのワンホーンカルテットでレコーディングされた作品としては、素晴らしいハードバップであり、ジャズのエッセンスをこれでもかと詰め込んだ贅沢な一枚であることは間違いない。

それはウィントンの演奏だけでそうなっているのではなく、サイドに回っているピアノ、ベース、ドラムが見事にシンクロし、トランペットのワンホーンカルテットで表現できる究極ともいえるアンサンブルを実現している点にある。それはおそらく、ウィントンの指し示す方向性をメンバー全員が理解し、具現化できているからだろう。

ウィントン・マルサリス(tp)
マーカス・ロバーツ(p)
ロバート・レスリー・ハースト(b)
ジェフ・ティン・ワッツ(ds)
1986年NY録音

ウィントンのトランペットはマーカス・ロバーツのピアノと絡みつつ離れつつ絶妙な距離感でシンクロする。マーカスのピアノはウィントンのトランペットとの調和が絶妙で、見事なグルーヴでまとめあげている。まるでもうひとつホーンがあるかのような厚みでサウンドはドライブしていく。

ウィントン・マルサリスがテクニック至上主義であることは、いくつかのインタビューで語られているとおりである。テクニックがあってこそ、音楽の表現が可能となる、というようなことらしい。私個人としては、全面的には賛同しかねるが、いろんな考えがあって良いので、ウィントンの思考を悪く言うつもりはない。それは、このアルバムを聴けば、圧倒的なテクニックは時として表現を越えることもある、という事実を目の当たりにするからである。逆の言い方をすれば、テクニックそのものが表現となっている、ということである。たいていの場合そういうテクニックはすぐ飽きてしまうのだが、このウィントンはそうではない。

このアルバムでのトランペットのテクニックはただ事ではないレベルで、豊かなアドリブは縦横無尽。サウンドのトーン、小気味良いビート、正確な音程、これ以上に巧く吹くことはできないのではないかと思える突き抜け感がある。まさに圧倒的。
あまりにも上手いと技巧ばかりが目立って嫌味になる時があるが、このアルバムでのウィントンは嫌味スレスレの直前で踏みとどまったかのようなストレート感。天才と言う人がいても不思議ではない演奏である。

上手すぎて味わいに欠ける、という意見もあると思う。しかし、このアルバムの圧倒的テクニックを聴いた後では、なぜミストーンを連発するマイルスが味わいある素晴らしいラッパ吹きなのかが、逆説的に理解できるから不思議だ。

ハードバップを味わうなら、やはり2ホーン、あるいは3ホーンが気持ちいいし、これぞジャズ、と呼べるような作品が多くある。それはその通りだと思う。だからこそ、ワンホーンカルテットで圧倒的なハードバップを気持ちよく味わえるこの作品は、そういう意味でも興味深い作品である。

演奏内容はもちろん文句なしだが、選曲のバランスも良い。徹底的に考え抜かれたのだろう。アルバム全体の構成も良くできている。同じナンバーのテイク違いをあえてファイナルに持ってくるなど、過去作られてきた多くのアルバムからうまくヒントを得ているのだろうし、あるいは、クラシック音楽もやるウィントンなので、シンフォニーの方法論をここでも実践したのかもしれない。

テイストとしてあえて言うと、ニューオリンズジャズからビバップ、ハードバップのスピリットを内包し、新主流派的な空間性も取り入れながらスウィングとブルースを正面から体現しようとするストレートなアコースティックジャズの音楽だ。それを、4人全員が真っ向から挑んでいるのが聴いていてよく分かる。ジャズが生まれた1920年代から録音時の1986年までをすべて取り込んで1枚のアルバムに凝縮してしまったかのような意気込み。
パッションがありすぎて、しかも隙が無く、息苦しいと感じるかもしれない。それくらいに、気合いが入っている。


ウィントン・マルサリス、25歳
マーカス・ロバーツ、23歳
ロバート・レスリー・ハースト、22歳
ジェフ・ティン・ワッツ、26歳


素晴らしい実力を持ったミュージシャンが、しかも20歳代前半から半ばという、世代がほとんど同じ4人が集まったということも、このアルバムを情熱あるものにした理由のひとつかもしれない。

収録ナンバーのほとんどを固めたスタンダードは、ノスタルジーの欠けらもない。恐ろしいほどの緊張感で全曲が貫かれている。どの演奏にも意志が感じられ、生き生きしていたパッションあふれるサウンドは挑戦的な野心に満ちている。決して懐古趣味的にスタンダードをやっているわけではなく、ましてや作曲することを避けて安易に古い曲を選曲したわけでもなく、引き継がれ、受け継がれてきた楽曲へのリスペクトをベースに、スタンダードナンバーに新たな命を与えようという意気込みすら感じさせるチャレンジング・スピリットに満ちているのだ。録音も素晴らしく、ヘッドフォンでヴォリュームを上げて聴いたらジャズトリップできること請け合いである。
突き抜けるジャズに雑念が消え去り、グルーヴに吸い込まれてゆく快感。

ダレず、媚びず、ストイック。
ハードバップにしてハードボイルドなアルバムなのである。



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