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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第47回

アット・セント・ジョージ・チャーチ(前編)
ラルフ・サットン
撰者:吉田輝之


【Amazon のCD情報】

こんにちは吉田輝之です。年が明けて早いものでもう2月半ばですね。昨年の3月このコラムで、とあるバーで桜を見つめていたこと書きました、そのバーで寒桜でしょうか、今年もう桜の花を飾っていると聞きました。見に行きたいのですが、個人的な理由でめっきり夜の街を歩くことがない今日この頃です。



さて、当コラム「KIND OF JAZZ NIGHT」の副題は「放浪派に捧げるジャズアルバム撰集」である。撰者の大橋さん、松井さん、平田さんはまさに「放浪派」と言ってふさわしい人たちだが、私はお恥ずかしいことに放浪派という資格はなく、実は「徘徊派」である。

辞書を引くと『放浪』と『徘徊』ともに「あてもなくさまよい歩くこと」とある。しかし、この二つ実態は全然違う。

「あてもなく」は同じだが、『放浪』には目的がある。志がある。想いがある。
高い目的、志、想いがその地で遂げられないからさまようのが『放浪』である。

対して『徘徊』には目的はない。志もない。想いもない。
うろうろ歩き廻ること自体が目的でさまようのが『徘徊』である。

さらに『放浪』はどんどん遠くへいくイメージがあるが『徘徊』は同じ所を単にぐるぐると廻っているだけである。

英語で『放浪者』はVAGABOND、『徘徊者』はWANDERERだ。

放浪者と言えば、井上雄彦氏が描く大河漫画「バガボンド」の主人公「宮本武蔵」である。
徘徊者と言えば、有吉佐和子さんの純文学小説「恍惚の人」の主人公「立花茂造」である。
やはり全然違う。

この1972年に発表された「恍惚の人」は森繁久彌さん主演で翌年映画化された。この映画の予告編がテレビで流され、主人公、立花茂造がさまよい歩く姿を見て、うちの母親曰く「うろうろばかりしているあんたはこのおじいちゃんと同じや! 徘徊少年や!!」。

あぁ、徘徊少年はそのまま徘徊青年から徘徊中年になり、もう少ししたら本格的な徘徊老人になってしまうだろう。
しかし何も考えずに街を徘徊していると、不思議なことに明るい表通り(On The Sunny Side Of The Street)より暗い裏通り(The Dark End Of The Street)をいつのまにかうろついている。
そして、そんな一見何気ない通りが、実はとんでもない通りであることが徐々にわかり感嘆してしまうことがある。

今回はそんなストリートの話から。しかも今回は目的があるため徘徊ではない。

今日は土曜日午後一時前、元町商店街の入り口の北側のビルにある『森谷商店』の前にいる。ここは神戸ビーフの精肉店として神戸一有名な店で、モーリヤの名前でステーキハウスも展開している。しかし超高級肉屋さんだけではなく別の名物で有名だ。コロッケである。そう、いわゆる「肉屋のコロッケ」。一個80円という安くも高くもない価格なのだがいつも行列ができている。
僕も行列に並びコロッケを一個買いその場で食べる。アツアツで、スパイシーで、うまい。今日は11時過ぎに起きてまだ食事をしていない。しかし空腹だからここのコロッケを買って食べているのではない。
これは儀式なのである。元町商店街の北側、「元町北通り」という当たり前の名のついた通りに入る時の、自分にとっての「御祓い」なのだ。いつもは目的なく徘徊している通りを珍しく「ある目的」をもって行く時の決意表明なのである。

この通りを一歩踏み出せば、森谷商店と同じビルの地下にジャズ喫茶『JAM JAM』がある。
ここのマスター池之上さんは「日本一のジャズバカ」「ジャズに魂を売った男」といわれ、ここは今は少なくなった本物のジャズ喫茶だ。僕が経験した数々のJAM JAM伝説についてはまた機会を改めて当コラムで書きたい。
ここには帰り際に寄ろう。

このビルの2階には有名なトンカツ屋さん『武蔵』があり、僕はプチぜいたくをするときは武蔵で日本酒を飲みつつヒレカツ定食を食べるが今日は別のところで食事を取ることを決めているのだ。

さてこのビルの西側に細い南北の通りがあり、そこに面する雑居ビルの2階にはオールジャンルの中古レコード店『ハックルベリー』がある。小さなお店だがとにかくCDとレコードがぎっしりおかれ、しかも安い。いつもは自然とハックルベリーに寄り、その後さらに北側に抜ける通りにある「リズムボックス元町店」に寄るのだが、それは明日にしよう。今日は既に他のところでCDを買うことを決めているのだ。

さっきコロッケ1個を食べたものの、お腹も空いているので急ぎ足で歩いていると、なんと当コラムの大橋さんに出会う。奥さんと一緒だ。
大橋さんに「今から例のところに行くんですよ」と伝える。大橋さんには先週やはり偶然このあたりで出会いJAM JAMで今回の目的についていろいろ話をしている。奥様がいなければ「ご一緒にどうですか」と誘うところだが、奥様がいては仕方がない。「残念、残念」とつぶやきつつ歩を進めていく。

歩いていると一階が駐車場となっている元町えびすビルが見えてくる。何十もの鳥かごをもった小鳥売りの男の木彫りの彫刻が入口に置いてあるの。この彫刻はこのビル3階にある画廊『歩歩琳堂』(「ぶぶりんどう」と読みます)の看板代わりだ。彫刻はアフリカ製だろうか東南アジア製だろうか、とにかくそんな彫刻である。
この画廊で売っているのは恐ろしいことに買って帰っても、居間にも客間にも自室にもトイレにも飾れない絵や版画ばかりである。
画廊主の大橋さんは剣豪小説で有名だった作家の五味康祐さんにそっくりの風貌で年は確か僕と同じぐらいだ。この人自身が元画家だが、舞台美術の仕事もしていたらしい。その時に腕を生かして、この画廊の椅子や机は大橋さんの手製だ。
その後、元町商店街にある海文堂書店のギャラリーで働き10年程前に独立した。
海文堂ギャラリー出身者では島田ギャラリーが有名だが、神戸の絵好きの間では「表の島田ギャラリー、裏の歩歩琳堂」と言われる。まぁ、向こうの方が圧倒的に有名なんだけど。
僕はこの画廊に8年程まえ偶然入って、こんな絵を売っている画廊があるのかと衝撃を受けた。西村宣造さんも佐藤恵美子さんも、そして具象の天才、藤崎敏孝の作品もここで知った。ここも最近寄っていない。近いうちに寄ろう。

さてここを少し行くと音楽バー『BRAQUE』(「ブラック」とよみます)がある。マスターが画家のジョルジュ・ブラックが好きで付けた名前だ。2年程前に、別のバーでここのチラシを見て行くようになったバーだ。
かなり広いのにカウンター10席にソファ少しと余裕を持たせて空間でタンノイが鳴っている。かかる音楽はジャズ、ロック、ポップス、歌謡曲と広く、僕らと年齢が近く趣味も近い。このマスターもJAM JAMと歩歩琳堂の常連客で何か縁を感じる。ここも随分御無沙汰している。申し訳ない。

さてこの辺りから通りの両側に飲み屋さんが軒を連ねる。実は近くに場外馬券売り場があり、この通りは「おけら街道」でもあるのだ。勝負に勝った人たちは福原、東門、遠くは大阪新地にタクシーで行くが、負けた人はここの立ち飲み屋に寄る。昼過ぎだがもちろん開いていて酒が飲める。

どんどん歩いていると今日の2番目の偶然、タワダさんと出会う。タワダさんは美容師さんでこの通りの北側に抜ける道のところで『エニシ』というしゃれたヘアサロンを開いている。とある焼き鳥屋さんで知り合い、そのまま近くのとあるバーに行き仲が良くなった飲み友達である。また飲もうと約束して別れる。

さて、ようやく通りの西の端に近づき、今日の第一の目的地『香美園』が見えてきた。
ここも8年程前、ある雑誌で南京町の有名な中華料理屋「民生」の姉妹店と知り、行った店だ。その時、僕は失業しており平日の11時過ぎに入った。さすがにお客さんは一人ぐらいで、さっそく雑誌で勧めていた五目焼きそばを頼んだ。
それからドンドンお客さんが入って来る。観光客ではなく地の勤め人達だが、ほとんどの人が頼むのは、何とカレーライスだ!何だ、こここは本当に中華料理屋なのか。
驚いた僕は翌日も行った。もちろん頼んだのはカレーライス並、620円だ。
ここのカレー、何というのだろうか。確かに具は肉(ポーク)、タマネギ、ニンジンとカレーの必要かつ十分条件を満たしているのだが、僕らが普通に食べているカレーとは違う。おそらく具をさっと油通しして小麦粉とカレー粉と油で炒めているのだろう。いわば中華丼のカレー版に近い。カレーライスというよりカレー丼と書いた方がふさわしい。

しかしこのカレー、僕らぐらいから下の世代にとっては特異なのだが、とあるバーの常連である大工の棟梁63歳が言われるには「あそこの真黄黄(まっきき)のカレーは俺達が子供の頃(昭和20年代〜30年代初頭)に食べたカレーと同じや」という意見もあり、カレールーが有名になる前のスタンダードなカレーだったのかもしれない。 ここでカレーを食べたのがきっかけとなって僕は一時「中華料理屋のカレー」にはまってしまう。神戸では古くからある中華料理屋店では意外なほどカレーを出す店が多く中にはメニューには載っていないのに頼むと裏メニューで出す店も多いのだ。
量もかなりあり十分満足できる。

さて、カレーを食べて気合が入ったところで本日の真の目的地に行こう。
香美園を出て10メートル程東に戻る。通りの南側にさっき紹介したエニシさんとは別の美容室があり、そのビルの端に2階から上にあがるためのドアに向かう。
ドアの前に看板はない。ドア及びその周りにも店の名前を示す標識らしきものさえない。ドアのノブを握ると緊張感が高まってくる。

これから行くのは魔窟である。そう、このビルの2階には「スイングジャズの魔窟」があるのだ。訪れるのは7年ぶりだ。



【蛇足たる補足】
すいません。今回は松井さんが以前に書かれたコラムに習い、ブログ風で始めて一回のコラムで終わらせようと思っていたのですが、怠惰な性格のため、またまた前編後編に分かれてしまいました。
しかも今回のレコードのことが一言も書かれていない。なめとんのか。
そこで遅ればせながら、今週の一枚は「Ralph Sutton / At St George Church 」です。ウフ、フフフ、モダンジャズファンの皆さん、知らないでしょう。聴いたことないでしょう。
実は私も3ヶ月前までこの人知りませんでした。演奏を聴いたのは今回のコラムで「魔窟」に訪問した日、今年の1月21日です。
しかしこの人、いわゆるマイナーな人ではなく、スイングピアノの巨匠、ストライド奏法の名人として棋界ではものすごく有名な人なのです。次回はようやく本題の「魔窟」とサットンさんの話です。


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