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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第36回

ジャンピン・ウィズ・アル
アル・ケイシー
撰者:平田憲彦


【Amazon のCD情報】

20歳代のある時期、アコースティックギターばかり聴いていた頃があった。
戦前ブルースはもちろん、シカゴブルースでもアコースティックギターのバージョンを求めてレコード屋巡りの日々。
その頃は、今のようにアコースティックギターの音楽がもてはやされていなかったように思う。
確か、『アコギ』という略語もなかった。『フォークギター』などと呼ばれていたような記憶がある。
余談だが、そう考えると『フォークギター』ってコトバはかなり酷い。別にフォークソングだけを演奏する楽器ではない。あたりまえだが。なので、明らかに『フォークギター』よりは『アコギ』というコトバがまだマシだろう。

さて、なぜ私はアコギばかりを聴きたがったのかというと、それはやはり自分にとっての音楽的ルーツが13歳の時に初めて弾いたのがアコースティックギターだからだろう。そんなことだから、ハードロックを聴いていても、不意にアコースティックなギターサウンドが聴きたくなる時が今でもある。
もちろん、演奏するとなるとアコギもエレキも弾くが、心が安らぐのは明らかにアコギである。
ライ・クーダーも言っている。アコースティックギターは自分の心を映し出す、と。

今ではエレクトリックのマイルスやハンコックなども好きでよく聴くが、20歳代の頃に聴いていたジャズはアコースティックジャズばかりだった。しかし、ジャズギターは、あまり聴いていなかった。ジャズのギターはエレキだから、というわけではない。どうしてもギターというとロックやブルースのサウンドが好きで、ジャズのギターは、ロックに慣れた耳には中途半端に聞こえたのである。
トロ〜ンと甘いサウンドは、私には甘すぎて心地よくなれなかった。アドリブも、ハードロックの強烈なアドリブの方が刺激的で、ジャズのギターは、サウンドもアドリブも心に響いてこなかったのだ。あのウェス・モンゴメリーでさえも。
とりわけブルースでそれは顕著で、ジャズのブルースはアドリブにおいても甘く、確かにインプロビゼーションのひらめきはジャズの旋律は美しいが、ブルースロックのインプロビゼーションは、美しい旋律というよりは空気を切り裂く破壊力で、私には熱く胸に迫ってきたのである。
今ではエレクトリックギターのジャズも大好きだが、当時は『これ!』と見つけたらそればっかり聴く、という偏った音楽体験が多かったように思う。

ただ、そんな甘いジャズであっても、やはりギターが好きなのでたまには聴く。そして甘すぎてがっかりする、そんな繰り返しの中、アコースティックギターで演奏されたアルバムを偶然見つけたのである。
いや、これは偶然ではないだろう、と私は思う。アコースティックギターサウンドを探し回っていた私に、音楽の神様が差し出してくれたのだ。そうとしか考えられない。

確かお茶の水のディスクユニオンだったと思う。アル・ケイシー。聞いたこともない名前、明らかにチカラの入っていないジャケットデザイン、適当に作りました、と言わんばかりのアルバムに見えた。それがこの『Jumpin' with Al』というアルバムだ。
私はジャケットに写っているギタリストの写真に釘付けになった。
なんと、ジャズなのにアコギを弾いているではないか。写真を見る限り、ドレッドノート・スタイルのアコギである。名前も知らないミュージシャンだし、共演者もほとんど知らない。『ブラック&ブルー』というレーベルも知らなかった。当時の私にとって『ブラック&ブルー』といえば、それは真っ先にローリング・ストーンズを意味する。

買おうかどうしようか迷いに迷った。当時はインターネットもないので、情報も不確実だ。ジャケットに写っている写真がアコギだからといって、本当にアコギでジャズをやっているかどうか分からない。しかし、音楽の神様が耳元で囁いたのだ。このアルバムを聴け、と。

ひとり暮らしのぼろアパートに帰ってCDをセットした時のことは、今でも良く覚えている。
貧弱なオーディオから聞こえてきたのは、本当にアコギのジャズだった。それも、素晴らしい演奏。モダンジャズという雰囲気の曲もあれば、タップが入った軽快な曲もある。そして、なによりスウィング感あふれるサウンドが心地よく素晴らしかった。お洒落でもなんでもなく、むしろスウィング感とブルースフィーリングが強い、田舎くさいジャズ。まさに、私がアコギで聴きたかったサウンドだった。

アル・ケイシー。大穴であった。

このアルバム『Jumpin' with Al』のライナーノーツには、アルの簡単な経歴が書かれているので、簡単にまとめてみた。
1915年、米国ケンタッキー州ルイズヴィル生まれ。父はドラマー、叔父はピアニスト。叔父はゴスペルコーラスグループのミュージカルディレクターもやっていたようだ。
はじめはバイオリンを習い、やがてニューヨークに移ってからはギターに転向。1933年にニューヨークでファッツ・ウォーラーと出会う。これがアルにとってのターニングポイントとなった。様々なアドバイスや指導を受け、1934年にはファッツのバンドに参加する。『ファッツは自分にとって第二の父のようなものだ』と語っている。19歳にして若者はファッツ・ウォーラーの教えを受けるという幸運を手にしたわけだ。
同時期にテディ・ウィルソンとも出会う。そうこうするうちにジェームス・P・ジョンソンやビリー・ホリディとも共演。

当時、アルのアコースティックギター演奏はソロにおいてもコードを弾いていたようだが、ファッツの死後、エレキギターを手にして伸びやなソロを取るようになったようだ。
1944年にはコールマン・ホーキンスやアート・テイタムと共演。この頃はシングルノートでのソロを中心とした演奏に変化していく。サッチモとも短期間共演した後、キング・カーティスのリズム・アンド・ブルースバンドに参加。そこで初めてフェンダーのエレキギターを弾いたが、好きになれなかったと語っている。

このように経歴を見ていくと、ものすごいミュージシャンたちと共演してきたことがわかる。

1960年になってようやくリーダーアルバム『Buck Jampin'』をプレスティッジにレコーディングする。


Buck Jumpin'
Al Casey

45歳でのリーダーデビュー。サックスとクラリネットのルディ・パウエルを含むカルテット。そこでは軽快なアコースティックギターを弾いている。こんなに気持ちの良いアコギ・ジャズがあったのかと嬉しくなってくるサウンドだ。絶妙なスウィングとブルース。
1960年といえば、時代はモードジャズである。そんなことは関係ないかのようなゆとりで、アル・ケイシーは悠々とスウィングしている。
録音は名手ルディ・ヴァンゲルダー。なんと翌日にはあのロニー・ジョンソンが同じスタジオでレコーディングしている。

その後13年を経て、今回紹介するアルバムを録音することとなる。調べたところ、これはリーダーとしてはセカンドアルバムなのだ。ファーストアルバムを45歳、そしてセカンドアルバムがその13年後の58歳。世界中で音楽をやっているすべてのミュージシャンは、この悠々たるペースを知ると、人生が変わるかもしれない。
ジェイ・マクシャン(ピアノ)、アーネット・コブ(テナーサックス)、ミルト・バクナー(オルガン)など、フランス・ツアー中の1973年夏に『Black & Blue』レーベルでレコーディングされたのが、このアルバム『Jumpin' with Al』。軽快なタップを披露しているジミー・スライド(タップダンサー)が参加する2曲にも注目。

『Buck Jampin'』に収録されてる『Rosetta』は、ここでも演奏されているが、『Jumpin' with Al』収録のバージョンはとてもシンプルで音の粒立ちが良く、すかっとした心地良いサウンドを楽しめる。

このレコーディングセッションでは、数曲でジプシーギターのJean "Matelot" Ferretのギターを借りて演奏したという。


ジャズでアコギというのは、今でもやはり珍しいのではないだろうか。しかもスウィングとなればなおさらだろう。それほどポピュラーとも思えないので、アコギのジャズを聴いたことがない、という人もいるかもしれない。
是非一度聴いてみてほしい。ほんとうに心地よくスウィングしているアル・ケイシーのギターは、ジャズギターの先入観を変えてくれる新鮮さがある。

まず、切れ味が良いのだ。エレキのジャズギターで醸し出されるあの『甘さ』がここにはない。シャキッとクリーンで、空気を切り裂くような気持ちよさとかっこよさがある。ロックやブルースのアコギサウンドとも違う、緊張感あるスウィングを楽しめるのである。
そして、ギターワークが素晴らしい。流れるようなシングルトーンだけではなく、ブロックコードでザクザク刻むリズミックなソロが混在し、繊細かつ荒々しい多彩なギターが繰り広げられている。コントラストの効いたメロディラインと、絶妙なタイミングで入るチョーキング。
昨今トレンドの超絶技法を駆使したアコギ演奏とはまったく世界の異なる、ピュアで美しいスウィング・アコギとも言うべきか。

ちなみに同姓同名の白人ロックンロール・ギタリストもいるので、アルバム購入の際はご注意を。

2005年に亡くなったアル・ケイシー。リーダーアルバムも少なく、私は今回紹介する2枚しか聴いたことがない。でも、私の個人的感覚では、フレディ・グリーンと並んで、ジャズギターのフェイバリットである。


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