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Kind of Jazz Night

さんふらわあ JAZZ NIGHT 初代プロデューサー
大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
うろたえず、媚びない。
そんなジャズにこだわる放浪派へ。
主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。


撰者
大橋 郁
松井三思呂
吉田輝之
平田憲彦

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第30回

ジャーニー・トゥ・ザ・ワン
ファラオ・サンダース
撰者:松井三思呂


【Amazon のCD情報】

残暑お見舞い申し上げます。今年の夏は「なでしこ」の夏というわけで、いまだに感動ウルウル状態です。にわかファンと言われても、「澤さ〜ん、男前すぎま〜す、一生ついていきま〜す」である(笑)。オリンピック予選がんばってくださ〜い!

さて、今年1月から始まった本コラムもいつのまにか30回目、キリ番である。そこで、今回は放浪派4人全員の愛聴盤であるファラオ・サンダースの「ジャーニー・トゥ・ザ・ワン」を紹介したい。



最近、「スピリチュアル・ジャズ」という言葉をよく耳にする。本アルバムが世に出た80年頃には、ジャズ・クリティックの世界で「スピリチュアル・ジャズ」という言葉は使われていなかった。それが今となっては、本作はスピリチュアル・ジャズの金字塔的作品と評されている。

それでは、どんなジャズが「スピリチュアル・ジャズ」なのだろうか? 空気感はなんとなく掴めるものの、その定義と言うと曖昧さが感じられる。というのも、この言葉はクラブ・ジャズのDJが使い始めたもので、それも日本が発信地らしい。

そもそもジャズの源流のひとつに、ニグロ・スピリチュアル(黒人霊歌)がある以上、ジャズという音楽自体は多かれ少なかれ、スピリチュアルな要素を含んでいるとも言える。ただ、今使われている「スピリチュアル・ジャズ」という言葉は、やや限定的に、クラブミュージックとしての側面を持っていて、吉田さんが最新のコラムで採り上げている「In The World/Clifford Jordan」をはじめとするストラタ・イーストの諸作品や、今回のファラオ・サンダースの諸作品などを総称するジャンルと捉えることが、一般的であるようだ。

こう書くと、どこかでコルトレーンの「至上の愛」に影響を受けたジャズという解釈も成り立つようにも思える。ファラオ・サンダースはバンドメンバーとして、コルトレーンが疾走する最後の2年間を支えた後、70年代にはインパルスに多くのリーダー作を残す。

しかしながら、この時期のファラオはコルトレーンの後継者と目されることが、少し重荷になっていた一面もあった。試行錯誤の結果、彼は心機一転のため、カリフォルニアに居を移し、サンフランシスコのインディ・レーベルであったテレサと契約を交わす。このようななかで本アルバムは制作されたが、結果として新生ファラオ・サンダースをアピールすること以上に、このアルバムが無ければ、これ以後の彼の活躍も無かったのではないかと思われるほど、本作はファラオ・サンダース生涯の大傑作となった。

それは、もちろんクラブ・ジャズシーンにおける大鉄板曲「You've Got To Have Freedom」が収録されていることに負うところが大きい。私もこのアルバムを手に入れた頃は、サイド3(アナログでは2枚組)の1曲目ばかり聴いていた。鉄壁のリズム隊とお洒落な女性コーラスに、ファラオのテナーが唸り、エディ・ヘンダーソンのフリューゲルホーンが絡む。このグルーヴ感は余人をもって代え難く、今もフロア客の腰を揺らし続けているらしい。しかし、本アルバムは決して「You've Got To Have Freedom」だけではない。

サイド1なら、鉄壁のリズム隊〜ジョン・ヒックス(p)、レイ・ドラモンド(b)、イードリス・ムハマッド(ds)〜に支えられたファラオの佳曲「Greetings To Idris」、「Doktor Pitt」が素晴らしい。サイド2のコルトレーン曲「After The Rain」(コルトレーン自身の演奏はインパルス盤「インプレッションズ」で聴ける)はファラオとピアノのジョー・ボナーとのデュオで、美しいバラードが奏でられる。またサイド3なら、スタンダードの「Easy To Remember」である。コルトレーンの黄金カルテットによる名盤「バラード」でも演奏されており、ここでのカルテット演奏と聴き比べてみるのも面白い。

ファラオ・サンダースはこのアルバムで自信を深め、引き続きテレサ・レーベルにリーダー作として、「Rejoice」、「Live」、「Heart Is A Melody」、「Shukuru」、「A Prayer Before Dawn」の5作品を残す。

このなかでは、のっけから14分にもわたる「You've Got To Have Freedom」で全力疾走する「ライブ」が凄い。

このアルバムは、ファラオのカルテットが81年4月に行った西海岸ツアーのライブレコーディングである。メンバーはベースが「ジャーニー〜」のレイ・ドラモンドから、ウォルター・ブッカーに代わっている。このリズム隊は当時のジョン・ヒックス・トリオとして、数多くのライブ活動をこなしてきており、このトリオの起用は大大正解。

やはり、サイド1の1曲目「You've Got To Have Freedom」である。アルバムでは冒頭を飾っているが、実際のライブではセットリストの最後か、アンコールで演奏されたものだろう。最初のテーマからフラジオ爆発のファラオ・サンダース! ノリノリである。それに続くジョン・ヒックスのソロの凄いこと、どう表現して良いか言葉が見つからないほどで、ジャズピアノを志す人なら一度は聴いてみてください。そして、ファラオ先生お得意のヴォーカル、エルヴィンほど暴れないところが逆にカッコイイと思うイードリスのソロと続き、メンバー紹介。このメンバー紹介がふるっている。ジャケットカバーを見て欲しい。ファラオ先生は超ご機嫌で、メンバーの名前を叫びまくっている。私もこれまで数多くのジャズのライブを聴いてきたが、ここまでぶっ飛んでいるメンバー紹介に接したことはない。

この演奏のダイナミズムは、簡単に使ってはいけない言葉だが、神がかり的である。ファラオは87年、タイムレス・レーベルの「アフリカ」のなかで、本曲を演奏(カルテットメンバーはベースがウォルター・ブッカーからカーティス・ランディに代わっただけ)している。今回、本コラムを書くにあたって聴き比べてみたが、私としては「ライブ」に軍配をあげたい。

本作のもうひとつの白眉は、サイド2の1曲目「Blues For Santa Cruz」。ベタベタのブルースであるが、ジョン・ヒックスのソロは限りなく熱く、ウォルター・ブッカーのソロは格調を感じさせる。そして、ファラオが唄う。ちゃんとした歌詞があるのかどうかも定かではなく、お世辞にもボビー・ブランドやB.B.キングとは言えない。唄から結局メンバー紹介にいってしまい、節をつけて「ジョン・ヒックス オン ピアノ〜〜!」

また、このコラム執筆に際して、本作のCDには「ジャーニー〜」の「Doktor Pitt」のライブバージョンがボーナストラックとして入っていることが判った。私的には、アナログで所有しているアルバムがCD化された時に、ボートラだけのために買い直すことはやらない主義だが、これだけは別。すぐにCDをゲットした次第。

正直言って、ESPやインパルス初期に感じられたフリージャズ道の求道者として、張り詰めた雰囲気を持っていたファラオ先生が、ヘタウマのブルースを唄うなど、ここまで肩の力が抜けたスタンスでジャズと向かい合い、そのうえ彼を支えるメンバーが職人中の職人となれば、誰もこのカルテットに苦言を呈することなどできない。今のサッカーで言うならば、バルセロナのシャビ、イニエスタ、メッシ、ビジャですね(ちょっと違いますかね(笑))。

実際の活動期間は短期間であったかもしれないが、このカルテットが持つ演奏力は、音楽性は違うものの、メンバーが固定していて、多くのツアーを行い、当時ライブバンドとして演奏に定評があったアート・アンサンブル・オブ・シカゴ、ジョージ・アダムス=ドン・プーレン・カルテット、ウェザー・リポートなどと肩を並べるものであったと思う。

ところで、今回アップしている2枚のジャケットカバーは、私が所有しているアナログ盤である。この2枚のアルバムにはファラオ御大のサインはないが、ジョン・ヒックス、ウォルター・ブッカー、イードリス・ムハマッドのサインがある。これはジョン・ヒックス・トリオで85年に来日時、大阪のライブハウスでもらったもの。1stセットと2ndセットのインターバル、メンバー3人が軽く飲んでいた時、リーダー作を持っていなかったので少し躊躇していると、イードリス・ムハマッドの方から声をかけてくれた。つたない英語で、当時のファラオの近況を聞きながら、サインをもらった想い出がある。

ただ、悲しいことだが、ジョン・ヒックスとウォルター・ブッカーはもうこの世にはいない。第14回のコラムで書いたミシェル・ペトルチアーニの「Live At The Village Vanguard」が録音された夜、私はマンハッタンのスイート・ベイジルにハミエット・ブルーイットのバリトンを聴きに出かけた。そのバックもジョン・ヒックス・トリオで、素晴らしい演奏であった記憶がある。

近年、ライブ活動やアルバム制作はめっきり減ったようだが、幸いファラオ御大は元気みたいだ。もしかすると、私の2枚のアナログ盤にも御大のサインがもらえる日が来るかもしれない。最後に本コラムの読者の方で、この2枚のアルバムを未聴の方がおられたら、すぐに聴かれることを放浪派4人を代表してお薦めします。


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