美術書庫
                    
                        
                        アート・コラム
                        平田憲彦
                        
                        
                        
                        
                        ライフ・イズ・ビューティフル
                        
                        
これほどの映像体験は滅多にできるものではないと思うが、ともかく、ここに書き連ねる言葉はほとんど意味をなさないなとさえ思える。
                            それでも、駄文を承知で、忘れないうちに書いておきたいという衝動に駆られてしまう。
                            
                            全ての映画は、作り物である。人生の一断片といいつつ、始まりがあって終わりがある時間のひとくくり、その作られた世界を見せることを強いられた、ある世界である。しかし、時にはこんな驚異的なまでの生きている世界が現れるのだと、心底思ってしまう。
                            
                            『ライフ・イズ・ビューティフル』は、始まったとたんにその世界は当たり前のように現れて、映像と会話とサウンドが我々と一体化してしまう。ナレーションや説明的な仕掛けを何も作らず、しかし、映画は我々をぐいぐいとその世界に引きずり込んでいき、主人公であるひとりの男を取り巻く日常に同化させてしまうのである。
                            
                            こんな男は、現実には存在しない。存在しないと思う。しかし、本当にいると信じてしまう。そこには、男が、男として存在する美意識と生き方の極限の有り様を生きているからだろう。
                            
                            これほどの愛情をもって生きているかと、映画はずっと問いかけている。人を想う、ということは、実は命がけのことなのだ。それを、この映画は臆面もなく主張する。しかも、説明臭さは一切無く、説教じみた押しつけもなく、愛を押し売りするしつこさもない。
                            ナレーションもない、凝ったカメラワークもない、ひねった演出もない。時系列の錯綜もなく、視覚的な仕掛けもない。むろん、特殊撮影もない。そのシンプルといえばあまりにシンプルな作りの中に、ひとりの男の、ばかばかしいほどの無防備な愛情表現があるだけだ。
                            
                            好きになった女への想い、心から大切な息子への想い、そんな無防備なまでの愛情表現。それは、『ウソ』と『演技』を徹底して貫く愚直さに満ちている。
                            
                            考えに考えた末、思い当たるのは、愛する人と一緒にいる、ということそのものが、男にとって生きている証だったのではないか、ということだ。
                            彼が、ひとりの男としての自我を感じさせる要素は、ただ『本屋をやりたい』ということについてしか、映画は明らかにしていない。だから、結局彼はどういう人物だったのかは、実は伏せられている。しかし、だからこそ映画は語り続けているのだと思う。
                            
                            男の本懐の、ひとつの形。それは最愛の人と一緒にいようとする意志である、という風に。
                            
                            私は、彼のようには生きられない。しかし、彼の生き方は、忘れない。マネは出来ないが、彼が伝えたかったことはよくわかった。
                            ひとつの極点ともいえる生き方を見せてもらって、とても感謝している。
                        
                        
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