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『モディリアーニ展(大阪・国立国際美術館)』【公式ウェブサイト】
2008年9月15日(月・祝)まで開催中。
特別鑑賞券プレゼントは終了しました。ご応募ありがとうございました。

なお、この鑑賞券プレゼントはモディリアーニ広報事務局さまのご厚意による特別招待券であり、
万象堂の読者プレゼントとして企画されたものです。

※この度の特別鑑賞券にご応募頂いた読者の個人情報は、弊社ポリシーにのっとり管理させていただきます。



『肩をあらわにした
ジャンヌ・エビュテルヌ 』
1919年 個人蔵



『大きな帽子をかぶった
ジャンヌ・エビュテルヌ 』
1918年 個人蔵



『少女の肖像(ユゲット)』
1918年
アサヒビール株式会社



『C.D.夫人』
1916年頃
ポーラ美術館








モディリアーニには、悲劇性がつきまとっている。
35歳で亡くなったこと、その直後、身重の妻が後を追ったこと、経済的に恵まれなかったことなどが、端正なルックスと共に伝説となっている。
その生涯は映画にもなった。
今回開催されているモディリアーニ展は、画家の出自を物語る着想の原点を丁寧に構成している点が見逃せないが、万象堂では少し違った角度からモディリアーニをとらえてみたい。
コンポジションである。




昔、会社の同僚で“モディリアーニの首”と言われていた男がいた。
なんとも不思議な渾名だが、話は簡単だ。彼の首はぱっと見た目、とても長く見えた。そして、面長だった。そんなことから、口の悪い先輩がそう呼んだのである。 私は、モディリアーニの作品で首が長く描かれているという印象が希薄だったのだが、その時あらためてわかったのである。

確かに、モディリアーニの描く絵に、首が長い絵が多い。
現実の人間は、ここまで首が長いことはない。
そこには、モディリアーニの美意識がひそんでいることは間違いないが、結局、芸術作品は自然の模倣ではない、という当たり前のことに帰着する。

たとえば、ミロのビーナス。あの人物のバランスは、実際の人間のバランスを大きく逸脱している。ダビデもそうだ。
ディフォルメ、と書くとあまりにも安易だが、作者が表現したいことは『自分が感動したことを具現化する』ということなので、実際のバランス通りでなくてもいっこうにかまわないのである。

こんな初歩的なことを書くと、まるで中学校の教科書に書いてあることのようだが、現実は逆で、こういう基本的なことをちゃんと教えている初等美術教育は決して多くない。
『見たままを描きなさい』という間違った美術教育を改める意味でも、モディリアーニの首は、大きなきっかけになるだろう。

さて、ここでひとつの名作をご覧いただきたい。



言うまでもないが、これはダ・ヴィンチが描いた『モナ・リザ』である。
この作品は、『肖像画の原点』と言われている。
もちろん、『モナ・リザ』以前にもたくさんの肖像画があった。
それでもこの作品が“原点”と言われている理由は多くあるが、ひとつには“コンポジション”がある。
バランスを大きく変更しているのに、そう感じさせない天才的な構成美。

『モナ・リザ』に描かれている女性だが、人物自体は画面のセンターに配置されていないことを確認できる。
わずかに画面左に配置されているのである。
しかし、一見、画面の真ん中に描かれているように感じる。
これはどういうわけだろうか。

答えは、『目』にある。
女性の左目に注目してもらいたい。
画面のちょうどセンターに配置されているのである。
左右のセンター、そして、天地の上から4分の1の位置。
ここに女性の左目がある。
なんとなく描いてここまで正確な位置を決めることは無理だ。
ダ・ヴィンチは計算してこの構図にしたのである。



人物を若干左に配置して、静の構図に動きをもたらせ、左目をセンターに配置することで安定感を出す。
この驚異的な構図こそ、『モナ・リザ』がその後の肖像画の礎を作ったといわれる理由の一つだ。

この『モナ・リザ』に影響を受けた肖像画はたくさんある。
これから西洋の肖像画を見るときに注意してもらいたい。
多くの肖像画が、左目がセンターに来ていることを確認できるだろう。

モディリアーニの肖像画も、この『モナ・リザ』コンポジションの影響を受けている。

たとえば、この『肩をあらわにしたジャンヌ・エビュテルヌ』。

 

グリッドを付けた画像で確認するとよくわかるが、『モナ・リザ』とほとんど同じ位置に左目がある。
画面のセンターに配置されているわけではないのに、なぜか真ん中に人物がいるように感じられ、静かなたたずまいの中に、いまにも動き出しそうな生々しさが見事な作品である。

その他の作品もご覧いただきたい。
左目は、画面の左右センターに配置されている。

 


 


 


モディリアーニは、肖像画を極めようとしたのだろうか。
それはわからない。
しかし、肖像画というフォーマットのなかに、古典的な手法と正面から向き合って『生きている命』を吹き込むということと真剣に取り組んでいた。それは間違いないだろう。

ただ女ばかり描いていたわけではなく、首が長いだけではない。
モディリアーニは、ダ・ヴィンチという天才が残した『コンポジションをつかって絵画に命を吹き込む』という手法を、自分のものにしようとしていたまじめな画家だったのである。

絵画をはじめ、芸術といわれているものの多くは、なにも新しいことをやればいいということではない。
『自分が感動したことを自分の表現として具現化させる』こと。
それが大切なことなのである。

モディリアーニが感じた女性美は、この21世紀の今でも、生々しく息づいている。


2008.7.19

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