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第152回
Miyami Yasuda Part 2
Minami Yasuda



安田 南:(2)人物エピソード編
安田 南
撰者:松井三思呂








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リオのオリンピックも終わり、夏も終わろうとしています。
若い頃は夏が終わって欲しくなかったように思いますが、この歳になると・・・。

さて、安田南の後編。



まず、南を象徴する有名な三つのエピソードを紹介することから始めたい。

【エピソード1】第3回全日本フォークジャンボリー

全日本フォークジャンボリーは1969年から71年にかけて、中津川市の椛の湖で開催されていた野外音楽イベント。このイベントは71年の第3回以降、開催されていない。南はそのきっかけとなった事件の中心にいた。



1971年8月8日の午後10時頃、日野皓正クインテットの後を受け、鈴木勲カルテットとともにメインステージに上がった南。そのステージをジャンボリー粉砕と叫ぶ観客が占拠、南のステージは中止を余儀なくされる。この時の混乱の様子は、You Tubeの「第3回全日本フォークジャンボリー・メインステージ占拠の瞬間(音声)」(※1)で体験することができる。
(※1)https://www.youtube.com/watch?v=MWL_d7pMte0&feature=player_detailpage

空き瓶が投げつけられ、演奏を中断。「ジャンボリー粉砕!」、「帰れ!」、「引っ込め!」のヤジと怒声が錯綜するなか、「粉砕、結構ですよね! だけどね!」という南の凛とした言葉。
約2万人の観客、それも凄まじい混乱のなか、きっぱりと啖呵を切ったことで、安田南伝説が生まれた。

この事件については、当時朝日ジャーナルの記者だった川本三郎の回想録『マイ・バック・ページ ある60年代の物語』(2011年、妻夫木聡主演で映画化)や、イベントの出演者だったなぎら健壱の『日本フォーク私的大全』などに詳しい。

また、この事件の背景としては、フォークジャンボリーの商業主義化に批判的なべ平連(※2)が最初からコンサートを潰す目的で入場していたとか、サブステージの扱いに不満を持った吉田拓郎が観客を煽って、メインステージに乱入させたとか、実は主催者側も、巨大化して当初のコンセプトと離れていったイベントをこの3回目で終了させるつもりでいたので、ステージ占拠を良い口実ができたとばかりに放置したとか、いろいろと語られている。
(※2)ベトナムに平和を!市民連合の略称。1965年に作家の小田実、開高健、哲学者の鶴見俊輔らを中心に結成。市民の自発的参加を得て、街頭デモ、反戦広告、支援カンパなど、多様な反戦運動を展開した。

ここでは、前編コラムでも引用した『みなみの三十歳宣言』から、南自身の文章で事件を再現してみたい。


〈かぼちゃ畑に月も出る〉(初出「JAZZ」72年1~2月)
  「みなさん」とたまたま手にしていたマイクで呼びかけたつもりが、後で他人から聞かされたところによると「てめえら」だったらしいし、「フォーク・ジャンボリーも今夜で最後。プログラムも私の後山下洋輔トリオの演奏で最後、何でもかでも終りだからといってフィナーレ代りにちょっとばかり暴れてみようなんて、甘ったれた考えはやめなさい」というような意味のことを、もう少し感情的にもう少し品のない言い方で叫んだような記憶がそういえばある。
 (中略)
  さんざこづきまわされた挙句に「もう一度喋らせて」と言ってマイクを再び手にした私は「私は唄いたくてここへ来た。どうしても唄いたいから黒テント(註・演劇センター68/71が黒テントを会場に建てていた)ででも唄います。聞きたい人は聞いて下さい!」と叫んだ。



【エピソード2】天使の恍惚

映画『天使の恍惚』は1972年に公開された若松孝二監督の問題作。
超過激な内容が伝説となっている映画で、脚本は若松監督の同志の足立正生。足立はこの後パレスチナに渡り、日本赤軍に合流、国際指名手配を受け、レバノンで逮捕。3年間の禁固刑を経て、日本に強制送還という経歴を持つ人物だ。

足立が書いた脚本のタイトルが「天使の爆殺」であったように、映画は過激派による無差別爆弾テロを扱った内容である。
70年の赤軍派「よど号ハイジャック事件」以降、新左翼が先鋭化して、内ゲバと爆弾闘争に傾斜していく姿を切り取った作品だが、安田南はクラブ歌手でありながら、無差別爆弾テロを実行する革命組織「四季協会」のメンバー「金曜日」の役でキャスティングされていた。
ところが、彼女はやってしまう。南はクランクイン3日目にして突然失踪。急遽、代役に横山リエを立て、映画は完成した。

この失踪事件の顛末もいろいろと語られているが、真相は闇の中だ。
若松監督は「芝居が出来ないから、降りてもらった」と語ったらしいが、実際は南がやりたくないと思ったのだろう。
スチール担当として、恋仲の中平卓馬(足立正生の親しい友人でもあった)も絡んでいたし、シナリオを書く時点から、足立が「金曜日」役は安田南と決めていた節もあって、それを感じた南がシナリオに加えて、周囲の「ややこしさ」に嫌気がさしたことが原因のような気がする。

そこで、映画を観てみた。横山リエの演技は首を捻る場面が多く、俳優座養成所の門を叩き、自由劇場や黒テントの舞台に立っていた南が、彼女に劣ることはなかっただろうと感じた。
まして、劇中でクラブ歌手として、横山リエが歌う2曲(「ウミツバメ」、「ここは静かな最前線」)は全くの素人振りで、南の歌唱力とは雲泥。





天使の恍惚
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また、この映画の音楽は山下洋輔トリオが担当しており、第1期トリオ(山下洋輔~中村誠一~森山威男)の凄まじいフリー・インプロヴィゼーションが聴けるだけでなく、演奏シーンも映像で観ることができる。
また、ウルトラ・ヴァイヴから出ているサントラ盤のなかに、「ウミツバメVer.2」という曲が収録されている。クレジットは横山リエ+山下洋輔トリオとなっているが、明らかに歌っているのは安田南。
どんな経緯でこの録音が残されたのかは分からないが、大変貴重な音源で、後で紹介する『Some Feeling』に繋がっていくような演劇性を感じさせる歌唱だ。

映画を観た感想は、世界同時革命が絵空事であったという歴史的な結論が出ている以上、内容が陳腐化していることは致し方ないが、72年製作ということを斟酌しても、映像があまりに安っぽい。
また、ピンク映画という分野を確立した若松監督だからではないだろうが、無用な男女の絡みシーンが多過ぎる。南は「意味わかんない!」と抗議したらしい。
無差別爆弾テロをテーマにしている点、世界各地で頻発している現状を予見したという感想もないわけではないが・・・。



【エピソード3】きまぐれ飛行船

「深夜放送」という言葉を聞いて、懐かしさを感じる人は幾つぐらいまでの世代なのだろうか?
私は深夜放送ど真ん中世代で、音楽との接点のほとんどがラジオの深夜放送だった時期もある。特に、洋楽はラジオが全てだったような気がする。

『FM25時 きまぐれ飛行船 ~野生時代~』は1974年4月から1988年3月まで、FM東京をキー局に全国のFM局で放送された番組。月曜の深夜25時から2時間の放送で、作家の片岡義男がパーソナリティを務め、その相手役が安田南だった。

幸いなことに、番組の一部は今でもYou Tubeで聴くことができる。チェックしてみたところ、多くの人が書いているように、二人のやりとりの魅力はその「ノンシャランさ」加減。
ノンシャランとはフランス語で、「無頓着でのんきなさま」や「なげやりなさま」の意味。淡々と穏やかに繰り広げられるとりとめのない大人の会話は、まさにノンシャランで、深夜放送のなかでも特別な番組であったと思う。

ところで、『きまぐれ飛行船』は角川書店がスポンサーで、74年に創刊された月刊文芸誌「野生時代」のプロモーション番組だった。当時、片岡義男は晶文社のサブカル雑誌「ワンダーランド」の編集者を経て、作家としてデビューした頃で、『きまぐれ飛行船』は片岡義男を売り出す角川書店の思惑もあったようだ。

なぜ、南がパートナーに選ばれたか? 推測の域を出ないが、南は晶文社の「ワンダーランド」~「宝島」にエッセイを執筆しており(『みなみの三十歳宣言』に収録)、彼女の文章を編集者であった片岡義男が読んでいたことは確実だ。
また、「劇団黒テント」の演出家だった津野梅太郎は「ワンダーランド」~「宝島」の編集に携わっていたし、南の同級生だった佐藤信と津野梅太郎は黒テントの設立メンバーで、津野や佐藤が南を推薦したのかもしれない。
実際に片岡が初めて南と会って、言葉を交わしたのも、黒テントの三鷹公演だったらしい。

2時間の番組で台本はなし、選曲は片岡自身が担当した。二人ともマシンガントークとは無縁で、どちらかと言えば朴訥なタイプだったので、会話が数秒間途切れることは日常茶飯事。
南が飼っていた猫が死んだ時など、それを思い出して、南は番組中に延々と数分間泣きっぱなし。片岡もそれをだまって聞いている。今なら放送事故ということになるのだろう。

これぐらいまでなら何とか許されたところだが、南は決定的な事件を起こしてしまう。78年のある日から、収録を無断で休み、理由を告げることもなく姿を消してしまう。
「南、今日も来ませんね。きっと、またぶらっと戻ってきてくれると思います。」という片岡の願いも実らず、南は戻ってこなかった。結局、80年からはフリーライターの温水ゆかりが、片岡のパートナーを務めることになる。

体調不良が原因ということだが、アルコールやタバコが原因ではない。統合失調症のような精神疾患を患っていたようで、ハイミナール中毒の影響もあったと思う。



安田南の人間像を物語るエピソードはこれくらいにして、コラム後編の一枚、3枚目のリーダー作『Some Feeling』を紹介したい。

このアルバム、巷では矢野顕子『JAPANESE GIRL』、吉田美奈子『FLAPPER』、荒井由美『MISSLIM』と並び、70年代の日本の女性ヴォーカル史上に残るアルバムという評価が与えられているらしい。




Some Feeling
【Amazon のディスク情報】

『Some Feeling』( Frasco FS-7017)
安田南(vo)
松岡直也、山本剛(p、key)
秋山一将、大村憲司、安川ひろし(g)
高水健司、小原礼(b)
村上秀一(ds)
1977年録音

(Side A)
サム・フィーリング、旅は道づれ、Not So Bad、壁のうた、 いってしまったあんた
(Side B)
舟歌、舟のうた、不満な女、Oh My Lidia、朝の遊園地


まず何より、ジャケットが最高だ。高いのか、安いのか判らない毛皮コート、ミニスカートにロングブーツ、そして必然のタバコ。「これが安田南だ!」という写真。撮影は前2作と同じで、中平卓馬。
裏ジャケのバイクに跨り、ヘルメットをかぶる南もカッコイイ!

収録曲は全曲が日本語詞のオリジナル曲。自由劇場、黒テントの黎明期に多くの舞台音楽を手掛けた林光が10曲中8曲の作曲を担当。このなかで、「壁のうた」、「いってしまったあんた」、「舟歌」、「舟のうた」は自由劇場公演の劇中歌、実際に舞台で南が歌っていたものだ。
これらの曲を聴くと、歌の巧拙よりも感情のほとばしりに圧倒され、役者としての南に興味がわく。

佐藤信によれば、「舟歌」(『皇帝ジョウンズ』の劇中歌)は男が女を捨てて、舟を漕ぎ出し、家を出ていくことを歌にしたところ、『おんなごろしあぶらの地獄』という芝居で、南からそのアンサーソングを作ってくれないかと言われ、「舟のうた」が出来上がったらしい。
この2曲を聴くと、矢野顕子、吉田美奈子、荒井由美というより、南の歌には浅川マキとの共通項が感じ取れる。

自由劇場~黒テント絡みで、林光が提供した作品も佳曲揃いだが、南が詞を書き、ゴダイゴ結成前のタケカワ・ユキヒデが作曲した「Not So Bad」、「Oh My Lidia」の2曲が素晴らしく、このアルバムの価値を高めている。
まさに南の日常を切り取ったような詞、それに男女の戯れを想い起させる秋山一将と大村憲司のギターが絡むところは最高だ。

そんなこんなで、松岡直也のアレンジ、バックミュージシャンの豪華さ、何より南が歌う日本語の歌を満喫できることを考えると、『Some Feeling』は『JAPANESE GIRL』、『FLAPPER』、『MISSLIM』と並び称されるアルバムと言っても過言ではないだろう。



ところで、南にはもう一枚、最後のリーダーアルバムとなった『Moritat』という作品があります。前編と後編で安田南研究をまとめあげたかったところですが、どうしてもこの『Moritat』を含め、その他の公式音源など、もう少し書きたいことがあります。
ここまで書いてきて、中途半端なかたちで終わらせると、安田南にも申し訳ありませんし、自分に悔いが残るような気もします。

そこで、このコラムは中編ということにさせていただき、もう一回、本当の後編として、安田南を書かせてください。



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