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大橋 郁がお届けする『KIND OF JAZZ』。
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主流に背を向けたジャズセレクションをどうぞ。

第117回
番外編:ゴスペルと世俗音楽(4)
Ghosts
Albert Ayler



ゴースト
アルバート・アイラ―
撰者:吉田輝之



Ghosts
Albert Ayler
【Amazon のディスク情報】

「聖者の行進」はアメリカの黒人の葬儀で演奏された古い霊歌だ。聖者が聖霊を呼び込み、聖者だけでなく葬儀の参列者全てを踊らせ、走らせ、腕を震わせ、歌い叫ばせる状態が「聖者の行進」なのだ。コルトレーンが「私は聖者になりたい」と言うのはこのような意味での「聖者になりたい」ということだと僕は思っている。そういう意味ではアルバート・アイラーはジャズ界で最も「ゴスペル体質」の人だったと思う。彼は別に難解な曲名をつけ難解な演奏をしたわけではない。彼がGHOSTSを演奏するとき、文字とおり聖霊を呼び込む演奏をしたにすぎないのだ。

Tracks
1. Ghosts (short version)
2. Children
3. Holy Spirit
4. Ghosts (extended version)
5. Vibrations
6. Mothers

Personnel
Albert Ayler - tenor saxophone
Don Cherry - cornet
Gary Peacock - bass
Sonny Murray - drums



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こんにちは、いつのまにか11月になり突然眼が覚めてしまった吉田輝之です。

さて今回もThe Kind Of Jazz Nightの「勝手に番外編」である「ゴスペルと世俗音楽」の第4回目です。今回の一枚はとりあえず「GHOSTS/ALBERT AYLER」です。ジャズに戻ってきましたが、アイラーのことはあまり文章に出てきません。すいませんがアイラーについては松井さんと大橋さんの文章をぜひ読んでください。



1980年代のはじめ、ようやく邦訳されたアンソニー・へイルバットの「ゴスペル・サウンド」を読むことができた。本書ではゴスペル歌手毎に各章が設けられ、それまでレコードのライナーノーツぐらいしか情報がなかった各ゴスペル歌手達のプロフィールを知ることができるゴスペルについて最高の教科書であった。

しかしこの本を読んで一番驚いたのは、ゴスペル(黒人教会)において「聖霊(The Holly Spirit/The Holly Ghost)が「普通」にやってくることだった。
同著では「聖霊」について以下のように記述されている。

〜〜〜引用〜〜〜

『霊(スピリット)とはつかみどころのないものだ。ときには、それを呼び起こすために、何時間も気をはりつめた礼拝がつづけられることもある。ときには会衆が集まるとほとんどすぐに、霊がやってくることもある。突然、教会中がひとつの波長に乗り、拡大された力(モーメント)に捉えられる。そのモーメントはもっと些細な個人的な事柄の細部まで飲み込んでしまう。一種の感情の速記術によってハミングや呻き(モーン)、叫び声(スクリーム)が深い意味を持つようになる。』

『ベシー・グリフィンの言うとおり「声のよしあしは問題じゃない。ときには、極めつけに悪声の人が、わたしたちの聴きたい歌をうたうこともある」。見えないが感じることができる霊が会衆の中を動き回る。』

『ゴスペルの力(モーメント)の比類なき創造者は偉大なゴスペル歌手たちだ。彼らは芸術を通じて聖霊とコミュニティを融け合わせる。最上の歌手たちは、ひとりで会堂いっぱいの聖者と同じだけの霊を呼び起こすことができる。』

〜〜〜以上〜〜〜

聖霊は聖なる「幽霊」ではないですよ。
キリスト教では「神」「キリスト」「聖霊」は三位一体といわれる。しかし「三位一体」というのは解釈・理論上の問題であり聖書にその言葉はない。「聖霊」は聖書、特に新約聖書に度々登場する。処女であるマリアは聖霊によりイエスを身ごもり、イエスはヨハネにより洗礼(バプテスマ)を受けた後に聖霊に導かれ荒野に行き40日の試みを行った。聖書では聖霊が「注がれる」と表現される。そして聖霊は「息」または「風」とも訳され「鳩」に表象される。
イエスは自分が去った後に「聖霊」が後に来る「助け主」であると弟子たちに語った。イエス昇天後にイエスの母や兄弟、弟子達120人がユダヤの五旬節に集まった時、激しい風のような音が聞こえ「炎のような舌」が全員に注がれ、彼ら自身知らない様々な外国の言葉で語りだした。これがペンテコスタ(五旬祭/聖霊降臨)だ。

「聖霊」についてキリスト教の各宗派でもその解釈は大きく違う。しかし多くのキリスト教の宗派にとって「聖霊」は「聖書」の中での存在であり「概念上」「形而上」の存在だ。いったいその存在を実際に感じとったキリスト教徒はどのくらいいるのだろうか。

それがゴスペル(黒人教会)では「普通」にそして「当然のごとく」、『見えないが感じることができる霊が会衆の中を動き回る』のだ。

では何故、聖霊達はやって来るのか。キリストの言う「助け主」とは一体何を助けるのか。

聖霊は「キリスト教徒に正しい行いを教える」ためにやって来るとも言われるが、とどのつまり聖霊は「贖罪」のためにやって来るのだ。 ペンテコスタにおける「炎」はすべての罪を焼き尽くす。「舌」は言葉だ。弟子たちが様々な言葉(外国語)を語りながらも理解しあえたのはそのためだ。



アフロアメリカンのキリスト教徒のうち2番目に多いのがメソジスト派だ。(一番目はバプティスト派)。古い黒人霊歌の多くがもともとメソジスト派の賛美歌と言われている。
メソジスト派は18世紀に英国のジョン・ウエスレーによって起こされた信仰覚醒運動の中核的存在だ。メソジストはその名のとおり「メソッド」(規律正しい生活)を重んじたため「学校」「軍隊」で広まり、さらにイギリスではなく他のヨーロッパ国、アジア、そしてアメリカ合衆国の中下層階級を中心に普及していく。日本では青山学院がメソジスト派の学校だ。
一般に教育を受けられない者達への「日曜学校」もメソジスト派が元だ。さらに教会自体も「軍隊組織」を取り入れ「救世軍」をうむ。前々回に紹介したFIVE BLINDBOYSに「I AM A SOLDIER」という曲があるがその影響だろう。

ウエスレーはもともと国教会の司祭であったが、若い頃にアメリカインディアンへの宣教を目指してイギリスの植民地であったアメリカに向かった。しかし彼は結局インディアンへの宣教に失敗して失意のまま帰国することとなる。
そりゃ、インディアンへの布教って無理だわ。ウエスレーさん、頭の皮を剥がされなかっただけ運がよかった。

帰国して失意に沈む彼は悩んでいた。
『救いの確証(The Assurance of Salvation)』は何かと。

キリスト教徒は「一体何によって、自分が救われたと確信できるのか」ということだが、宗教上の論理構成はややこしくもまどろかしい。 早い話、「私が救済されることは一体誰が請け負ってくれる(Assure)ねん。救済を保証してくれるのは誰や」という事について悩んでいたのだ。
ある人は「国教会に属していること自体」によって救われる、
ある人は「厳しい戒律・善行を守ること」によって救われる、
と言うが、彼は納得しなかった。

彼はあるボヘミアの宣教師が引用したルターの説教句を聞き、その説教は彼の心と体を雷のごとく打ちのめした。
救いの確証は、国教会に属することや厳しい戒律や善行ではなく
「自ら罪深いと悟ったときに既にキリストの死によって救われているのだ」
「そしてそのことを信者の心のうちに確信させるのは‘聖霊の力’による」
と強烈な啓示をウエスレーは受けたのだ。これが『聖霊の証』だ。

メソジスト派のこの考えは英国国教会から邪教扱いされ厳しく弾圧されたため、布教の場をアメリカ、アジアに広げていく。アメリカ合衆国が1776年に独立した後アメリカのメソジスト派はメソジスト監督教会として国教会から正式に独立することとなった。

メソジスト派の賛美歌はもともと英国の流行歌にキリスト教の歌詞を口語でつけたものだ。ウエスレーらはその賛美歌集をアメリカで発行するが、1799年、アメリカのメソジストの教会で始めて自由に賛美歌を歌うことが認められた最初の黒人がリチャード・アレン(Richard Allen)だ。メソジスト派は黒人が礼拝に来ることを最初に認めた教会だった。ここからアメリカ黒人による「スピリチュアル、ゴスペル」の歴史が始まることとなる。

「リチャード・アレン」、彼こそ後にフィラデルフィアで黒人最初の教会「ベセル教会」を設立し、亡くなる1年前の1830年に「黒人集会運動」を始め、これが100年以上かけて後の公民権運動へと繋がっていくのだ。この話はまた別の機会に紹介したい。



アメリカ黒人教会において信者はシャウトし、異言を言い、踊りまくる一種のトランス状態になる。それはヘイルバット流にいえば「聖霊」によって「打ちのめされている」のだ。
このことは、前回紹介したウエルズ恵子さんの「魂を揺さぶる歌に出会う」のように西アフリカの精霊信仰と結びつける意見もある。僕はこの意見を否定しないが積極的に肯定はできない。なぜなら信仰の場でトランス状態になるのは彼らが「アフリカをルーツとする黒人」だからだと決め付けるのは「彼らはもともと我々とは違うんだ」ということとなり、一種の「区別」主義に陥ってしまう。

そうではない。
もともとメソジスト派は「聖霊主義」をかかげ、先の「ゴスペル・サウンド」でも指摘していうように、アメリカ人は白人も黒人も、ニューイングランドからケンタッキーにおよぶ地域で起こった「大いなる覚醒の時期」(1800年頃に起こったプロテスタントによる信仰復興運動)において何百万人もの開拓者が野営をして叫び、踊り、吠えたりひきつけをおこしたり、開放感を味わい楽しみを享受した上に、魂が救われたのだ。

さらに日本でもメソジスト派から分派した日本ホーリネス協会では1900年代の初め、あの日ユ同祖論でも知られる創始者、中田重治が行った伝道では信者は歌い踊りまくったという。



本論に戻ろう。ゴスペルと世俗音楽との違いは形式的にはキリスト教に関するテーマを歌っているかどうかで区別される。しかし本質的には、ゴスペルとは「シャウト」を行い「聖霊」を呼び込み「魂が救済」される音楽だ。そしてそれは歌っている内容がキリスト教(神)に関するものであってもなくても関係ないのだ。

オーティス・クレイは最近のインタビューで「最初の日本公演はスピリチュアルな体験だった」と語っているが、単に素晴らしい公演だったといっているのではない。文字通り「聖霊達(SPIRITUS)」を呼んでしまった公演だったのだ。

もう一度言うが、「シャウト」を行えば聖霊達はやって来て魂を開放させてしまう。ジャンルは関係ない。聖霊達をフラメンコでは「ドゥエンデ(妖魔)」と呼び、ブルーズでは「契約した悪魔」と呼ぶのだ。
皆さん、マジック・サムのアン・アーバー・ブルースフェスティバルでのLIVEアルバを聴いてみてください。聖霊達がうようよいるではありませんか。
ハーレムスクエアにやって来た聖霊達が「あれ、ここは教会ではありませんね。昔なじみのサム・クックがシャウトを行っているから来たのですが。もう帰りますね」と言って引き返したということはない。



「聖者の行進」はアメリカの黒人の葬儀で演奏された古い霊歌だ。埋葬の時に葬儀に行くときは静かに、埋葬の時は悲しく、葬儀が終わればこの曲で歌い踊りながら帰ってくる。日本では「アメリカの葬儀は陽気だね」と捉えられているかもしれないが、それは微妙に違う。聖者が聖霊を呼び込み、聖者だけでなく葬儀の参列者全てを踊らせ、走らせ、腕を震わせ、歌い叫ばせる状態が「聖者の行進」なのだ。

僕はコルトレーンが「私は聖者になりたい」と言うのはこのような意味での「聖者になりたい」ということだと思っている。
そういう意味ではアルバート・アイラーはジャズ界で最も「ゴスペル体質」の人だったと思う。彼は別に難解な曲名をつけ難解な演奏をしたわけではない。彼がGHOSTSを演奏するとき、文字とおり聖霊を呼び込む演奏をしたにすぎないのだ。



僕は「ソウル仙人」こと藤田先生とバーの片隅で話したことが忘れられない。僕らはその時、ある教団が10年以上前に起こした事件について「何故彼らはあんなバカな事をしたのか」について話し合っていた。
その時、仙人は
「我々は、音楽を聴くことによって本来一生開かないであろう‘心の扉’が開いてしまった人間なんだ。けど、もともとアホだから‘心の扉’が開いてもうろたえ、オロオロするだけで、別段人格が向上するわけでもなく、あいかわらず愚かで、何の役にもたたないんだよ。けどそれでいいんだ。」
「しかし彼らは、あの教祖の指導により、我々とは全く違うであろう‘心の扉’が開いてしまったのだろう。彼らはそれで自分達が‘選ばれた者’と大いなる勘違いをして、何をしてもよいとあんなバカな事をしてしまったんだろう」と言われた。

ありがとうございます、ソウル仙人こと藤田先生。私はその言葉を一生忘れません。



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