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小さな町の小さなライブハウスから



小さな町の小さなライブハウスから

定価:¥1,890円
(本体¥1,800+税)
A5判、並製本、352頁
ISBN4-902324-03-2 C0073



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小さな町の小さなライブハウスから
編集後記


平田憲彦




2005年のそろそろ梅雨も明けようかという頃、1通のメールが届いた。
万象堂の『ロバート・ジョンソン ブルース歌詞集』を読んだ、という読者からのメールは、それまでにもいくつか頂いていたが、このメールは少し違っていた。
今ずっと書き進んでいる原稿がある、ついては一度読んでもらいたい、というメッセージが追加されていた。

そしてしばらくして、彼、片山明さんは万象堂にやってきた。
どこに原稿があるのかと思っていたら、CD-Rを差し出して、これが原稿だという。PDFにしている、自分で組版して書籍の体裁になっていると、彼はそう言った。実は東京のSという出版社にも送っているが、全然返事がなく、問い合わせたところ、まだ読んでいないという。そんなことでしびれを切らしているとき、偶然西宮の書店で『ロバート・ジョンソン ブルース歌詞集』を見つけて奥付を見たところ、神戸の出版社だということがわかった、これは面白いと思った、そう彼は言った。

こんなマニアックな本を、しかも、彼自身好きな分野の本を、神戸の出版社が出している…。彼の仕事場は今芦屋なので、これは隣町じゃないか、ということだった。
そんなわけで、片山さんは万象堂にメールを出し、わざわざ訪ねてきてくれた。

そのSという出版社は、私も大好きな版元で、実際、私も沢山S社の本を持っている。 いいんですか、ウチに持ち込んで、と私。
一度読んでみてください、と片山さん。

まあ、出す出さないはさておき、読ませていただくことは別にS社にも悪くないだろう、まだ返事もないようだし、と私は考えて、読ませていただくことにした。

しかし片山さん、原稿をPDFにしてCD-Rに焼いて、読んでください、これは難しいと思いますよ、と私は後に言った。22万4千字強という文字量の原稿を、パソコンのモニタで読むのは、これは拷問ですよ、と。じゃあプリントアウトして読めばいいとも言えるが、いったい何枚紙が必要になることか。

普通は書き手が紙に出力して編集者に持ち込むものですよ、と私。
え、そうですか! と片山さん。
だから、S社の方は、まだ読んでないんじゃないですか?と私。

そんなことから、この書物ははじまった。
ロバート・ジョンソンが、片山さんを万象堂まで連れてきたのである。

読んだ原稿は、とても面白かった。
ウッドストックのロックフェスティバルが、実はウッドストックで開催されていなかったとは、私も知らなかった。私は、正直に書くとウッドストックのロックフェスは、あまり興味がないのである。昔も、今も。
だから、ロックフェスのことはどっちでもよかったが、ザ・バンドやボブ・ディランは大好きで、さずがに私も、『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』はレコードでも持っているし、iPodにも入れている。生涯のアルバム20枚を選べといわれたら、間違いなく入るアルバムだ。

そのウッドストックに3年間家族と移り住んで、ライブに行きまくったという片山さん。読んだ原稿には、そんな彼の熱い思いがぎっしりと詰まっていた。

しかし、ぎっしり詰まっていたのは、音楽のことだけじゃなかった。家族と移り住んで、そこで過ごした時間が彼に筆を執らせたと思える部分が少なからずあり、自分と家族の物語、町の物語、音楽の物語が錯綜していた。せっかくのウッドストック・ミュージックへの情熱あふれる取材なのに、音楽が後退していた。

無論、このままでも文章としては別に遜色ない。何も問題はない。しかし、私という、音楽がなくては生きていけないような人間である私個人として読んだとき、もっと音楽を前面に出して欲しいと、そう思ったのである。別の編集者だったら、また別のことを思ったに違いないが、私はそう思った。

私はそれを彼に伝えた。
片山さんは、自分自身のことを書きたいのか、それとも、音楽のことを書きたいのか、あるいはウッドストックという町のことを書きたいのか、どうなんでしょうね、と。私は、個人的には、音楽のことを存分に読みたいと思う、と。
かなり詳しく、長文の手紙で返信した。手紙にしたのは、単にメールだと長すぎたからにすぎないが。

すると、彼はまた万象堂へやってきた。
だいたいわかりました、と、彼は言った。
もっと書き込むことってのは、どうなんでしょう、と私。
取材テープは、これがすべてなんですよ、と彼。
じゃあ、もう一回アメリカへ行って、再取材したら?と私。

自分でもしゃべってから驚いたが、もう一回アメリカへ行ったら、などと、なんて恐ろしい鬼のようなことを言ってしまったんだ!とちょっと後悔したが、しゃべってしまったものはしょうがない。

え、もう一回アメリカ、ですか、と彼。
ええ、もう一回、と私。
それは…、と彼。
電話やメールでもいいかもしれないし、と私。

次に彼から来たメールは、ずいぶん時間が経ってからだったが、再取材して、全面的に見直して手を入れている、とのことだった。

さすが、ウッドストックに3年暮らすなんていう行動的な彼のことだから、やるかもなあと思っていたが、本当に再び取り組んでいるらしかった。

そうして、2006年の夏も終わろうという頃、また彼からメールが来た。
ハッピー&アーティー・トラウムのジャパンツアーが決まったんです、と興奮したメールだった。ハッピー&アーティー・トラウムの未発表ライブアルバムのリリースも決まって、それに合わせて来日も決まったんです、で、なんとかそれまでに本を出したい、彼らのことを本に書いているのに、来日した彼らに本を手渡せないなんて、それはあんまりだ。

彼はそれから、必死の思いで原稿の仕上げに入った。
彼は不思議なことに、DTPソフトで原稿を自分でチェックしていた。その方が、読んでいる気分になって校正しやすいから、ということだった。だから、印刷用のデータはほぼ出来上がっていたのである。そして、表紙のイメージも、自分でかなり作り込んでいた。それも、DTPソフトで。

だから私は言った。
片山さんがやったらいいと思いますよ、と。
ここまで出来ているんだから、最後までやりましょう、と。
でも、自分はデザイナーじゃないし、出来るかどうか、と彼。
出来るかどうかって、もうほとんど出来てるじゃないですか、と私。

基本的な組版ルールと、ちょっとした可読性の向上を打ち合わせして、原稿は見事に出来上がった。
表紙は、カバーも本体も、彼のデザインである。デザインだけではない。オペレーションも自分でやっている。これはもしかしたら、画期的なことかもしれない。 本文の組版も、デザインも何もかも著者が自分で実行し、仕上げる。

まるで、ウィリアム・モリスじゃないか、素晴らしい。

片山さんは、アメリカのウッドストックに家族と3年暮らし、ライブに行きまくり、音楽好きな一人の男としてだけではなく、夫として、父親として生活し、取材し、帰国の後取材のために再び渡米し、取材のアポイント、カメラマンのブッキングから撮影の手配、テープ起こし、再び帰国後原稿執筆、本文デザインと組版と表紙のデザイン、そのすべてを自分でやった。
仕上げは、来日したハッピー&アーティー・トラウムのジャパンツアー全行程への同行、会場での書籍販売である。見事である。立派である。

私は大阪会場で彼と一緒にハッピー&アーティー・トラウムのライブを見た。

人は、口ではなんとでも言えるのだ。
本を出したい、どこそこへ行きたい、あれこれをやりたい。
だったら、やってみることだ。言うのは簡単なのである。

彼は、行動した。
ヘミングウェイは言っている。行為と行動をはき違えちゃいけない、と。

人によってはこう言うだろう、ウッドストックへ3年も行って音楽漬けになるなんて、いいですねえ、恵まれてますねえ、と。それは間違いである。
私のように、白紙になって自分勝手な一人旅をしてきた人間とはワケが違う。彼は常に家族を忘れていない。自分の人生をかけて、音楽の中に、家族をしっかりととらえている。
だから、彼の文章には、優しさがあふれている。それはきっと、家族に対する優しさと同じなのだと思う。

だから、彼の、この本への仕上げは、家族が大きく関わっている。
表紙の、写真を加工したイラスト、この真ん中にいる二人の人物。これこそ、彼の愛すべき奥さんと息子さんなのだ。
じゃあ、彼はどこに写っているのか。写ってはいない。彼が撮影者だから、ここには写っていない。しかし、ちゃんと存在している。彼なくしてはこのイラストは存在できない。彼なくしては、この書物が存在しないのと同じだ。

この書物を象徴するイメージとして、これほどふさわしいものもないだろう。

先日、片山さんと完成の祝杯をあげた。
灘にある、私のお気に入りの店で。
何度も会っているが、飲むのは初めてだった。

7時に待ち合わせ、しゃべり倒して気が付いたら12時を回っていた。

また飲みましょう、片山さん。
今度はギターでも持ち寄って。



2006年11月18日




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